爆ぜる 参

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爆ぜる 参

晴登(はると)が指を指しながら叫んだ。 (あき)はその声につられて顔を上げた。 平屋の「臥待月」には、小さな屋根裏部屋があった。 通常は正面からは見えないようになっているが、建物の一部が燃え落ちたために今、その姿ははっきりと確認できる。 使わなくなった食器や、古い家具などを仕舞っておく部屋だが、運良くまだ燃えてはいなかった。 その屋根裏部屋の窓から、直接屋根に出ることが出来る。 屋根の上に、(ゆう)がいた。 陽は息を呑んだ。 偶然か必然か、今朝夕が選んだ着物は、深い臙脂(えんじ)色。黒の帯には真っ赤な鳳仙花(ほうせんか)の花が描かれている。 熱風に髪をなびかせ、燃えるような赤を纏い、燃え落ちる「臥待月」の上に立つ夕は、まさにこの館の主そのものだった。 「ゆ・・・・夕!!」 陽は叫んだ。 早く降りないと、火が回る。足場が崩れ落ちているから梯子を懸けるのも難しい。 夕は、下から叫ぶ陽を見下ろした。 泣きもせず、おびえもせず、哀しげに陽を見つめる。 陽は嫌な予感がして、叫んだ。 「何やってるんだ、早く逃げ・・・っ」 「もうええの」 ゴウゴウと燃えさかる炎と、木材の朽ちる音の中、陽にははっきりと夕の声が聞こえた。 「ここを汚されるくらいなら、「臥待月」と一緒に逝く」 「なに馬鹿なことっ・・・」 「僕の居場所はこの「臥待月」だけや。懸川の手に渡るくらいなら、いっそなくなってしまえばいい」 陽の後ろでは、消防車の梯子が急ピッチで夕に向かって伸びてゆく。 消防隊員が必死に夕に向かって叫んでいるが、夕は、陽にだけ語りかけていた。 「臥待月は夕のものだ!誰の手にも渡らない!だから早くっ・・・」 「あき」 夕の背後には、炎が近づいている。 限界だった。 夕は言った。 「僕は・・・ここでしか生きられんの・・・他に、生きていく術を知らないから。「臥待月」が無くなったら、男娼でなくなったら、生きる意味を失う」 「建て直せる!みんな・・・きっと力を貸してくれる!」 「無理や・・・もう・・・僕には出来ひん」 「どうしてっ・・・俺がいるっ、一緒にいるから!」 「だからやないの・・・っ・・・!」 陽の周りが一段とあわただしくなる。梯子車が建物に横付けされ、消防隊員は注意深く夕に向かって上がっていく。 地面には万が一落下したときのためにマットを敷き詰め、たくさんの人間が屋根を見上げている。 夕は、陽が聞いたことの無い大きな声で叫んだ。 「もう、僕には出来ひん!陽じゃないひとに抱かれるのはもう嫌や!」 「夕・・・」 「こんな僕、役立たずや・・・・・価値がなくなってもうた・・・」 夕は哀しげに微笑みながら泣いた。 バキバキ、と背後の屋根が崩れ落ちる音がして、足下の板ががたんと凹んだ。夕の身体がバランスを崩し、大きく傾く。 消防隊員がもうすぐ手の届く場所に到達する。しかし炎が邪魔をして、あと一歩のところで届かない。 下から見ている人間が、間に合わない、と叫んでいた。 「夕!」 陽は、落下防止用のマットの前で、ひときわ通る声で呼んだ。 そして、大きく両手を広げた。 「夕、お前の居場所はここだ!」 「あき・・・っ・・」 「臥待月がなくなっても、俺は夕の側にいる!俺が夕の居場所だ!」 「あきっ…」 「飛べ!」 背後2mにまで近づいたオレンジ色の炎の中、真っ赤な着物の袖を翼のようにして、夕は、陽の腕に向かって飛び降りた。
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