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「くれぐれも、お時間があれば……」
決して無理強いしないどころか、申し訳ないといった面持ちで差しだす彼女に、
「お賽銭までいただいているのに悪いわ」
と、当初はその手を押し返し、前売り券を求めていた。
しかし、
「神さまに仕える方から料金をとったら、ばちがあたります」
こっちの申し出を拒否する硬い表情が、いつしか私に遠慮をなくさせていた。
どこかの席であがった一段と大きな歓声が、意識を引き戻した。
彼女のグラスは、溶けた氷が紅色を薄くしている。
そのグラスの表面に新たに生まれた雫を、無意識にというように、細い指がまた拭った。
と、その現れたクリアなガラス面が思考を刺激し―――、
「明日、雲一つない晴天になったら、お芝居を続ける。というのは、どお?」
閃きをそのまま口にしていた。
彼女のあげた顔には、小さな口がぽかんと開いていた。だが、それをすぐおかしそうに湾曲させると、
「それって、きっぱりやめることに賛成~、ってことですよね」
「いや、そうでは……」
「だって」
すると、彼女は横に置いたバックパックからとりだしたスマホを、手早くなぞった。
そして、
「ほら」
見せた画面には、傘マークが横一列、ずらっと並んでおり……。
「明日は一日中、一〇〇%」
無理につくった笑顔がいった。
が、
「―――でも……そのアイデア、乗ろうかな……」
焦点を失った瞳で、彼女は継いだ。
片隅で、グループらしき客たちの拍手がわいた。
それがきっかけでもなかったろうが、
「うん、乗ります! それって、天にお任せするってことですもんね。神さまの意見にはしたがっといたほうがいい!」
宣言した彼女は、自身を納得させるように小ぶりの顔を頷かせると、やっとグラスに口をつけた。
「本日は、本当にありがとうございました」
傘の中で、彼女は深々と腰を折った。
「後押ししてもらって、ありがたかったです。思いきってやめろって、そういってもらいたかったんだと思います」
とはいいつつも、今一度自分の気持ちをたしかめるためなのだろう、ひとり歩いて帰ると彼女が決めたのは。
傘にあたる雨音は、こんなとき、最適のBGMかもしれない。
「あ、そうだ、いうの忘れてた。
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