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「あっ、ひこうきぐもー!」
かたわらにいた子どもが、母親につながれていないほうの手を高々とあげた。
それに私の視線もつられた。
細めた目に映った一直線の白は、広大なキャンバスに塗られたブルーの爽やかさを、一層引き立てている。
大祓の今日。
昼食時をいくぶんすぎた今、一段とその数を増した参拝者は、茅の輪をくぐり穢れを落とすと、そのまま社殿に向かう。
そのため、護符、おみくじの授与所でも、普段では見られない列ができていた。
そこで忙しく立ち働いている巫女たちのもとへ彼女がやってきたのは、ちょうど正午ごろだった。
「すいません、雨寺さんいますか!?」
授与所の窓口に頭を突っ込むようにしていった彼女の息が大きくあがっていたのは、社殿に続く少なくはない石段を駆けあがってきたからだろう。
きょとんとした目を向けるバイトの巫女たちに、彼女は重ねた。
「あの、巫女の雨寺さん!」
しかし言葉なく、巫女たちは首をかしげるばかり。
本当の名前は?―――彼女にそう訊かれたのは、バイト先でもらったというドーナツをおすそわけしてもらったときだったか。
「……雨寺」
とっさに出たその偽名だった。
長ったらしい本名は、さすがに冗談ととられるに決まっていたから……。
「お休みかな……」
独りごちた彼女は、
「まあいいや。とりあえず雨寺さんにお伝えください。提案、必ず守りますからって! 絶対神さまが、もう少しやってみなさいって、いってることだと思うから! でなければ、一〇〇%の雨予報が、一〇〇%の晴れ予報になんか、なりませんよ!」
一方的にまくしたてた。
しかし、巫女たちの首は傾斜を深くするだけで……。
でも、
「ちゃんと伝わりました」
彼女の横に並び立っていた私は、そっと囁いた。
授与所に背を向けると、彼女は賽銭箱の前へ急いだ。
上下する胸で、二礼二拍手。
手を合わせ、目を閉じる。
実家の両親と妹の無病息災。―――いつも変わらぬその彼女の願い事に、「プロの女優になれますように」は、一度も含まれなかった。
そんな心根が、私を彼女の眼前に引き寄せた。
そして、本当はつけ添えたかったであろうその望みの継続に向けて、彼女の背中をそっと押したことは、今、決して間違いではなかったと信じる。
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