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日曜日の午後、僕は妻と小学4年生の娘の家族3人で大型のペットショップにいた。妻の幸子と娘の沙良が、ケージに入っている猫を順番に見ている。
「かわいいねぇ」「寝てるー」「こっち向いて」
そんな言葉が、この犬猫売り場には溢れていた。
僕は動物の購入にあまり乗り気ではなかったから、2人だけで決めてほしかった。けれど妻に、共に生活する家族が増えるわけだからと諭されて、ついてきたというわけ。
でも、やっぱりこの空間は苦手だ。犬猫、みんなケージに入っての品評会。価格が明朗に提示され、『値下げしました』なんて書いてあったりして、とてもわかりやすいのにモヤモヤする。
僕は子供時代に金魚や昆虫ぐらいしか飼ったことがない。ペットショップに縁なく、ここまで生きてきたから違和感を感じるのかな。
一番かわいい時期に売り切らなくてはいけない、ペットショップの仕事は大変だろう。大きくなればなるほど、買い手の反応が鈍くなるであろうことは、たやすく想像できる。売れ残ってしまった困りものの(お店からみてね)犬・猫にだって、毎日、ちゃんとご飯などの世話をしなくてはいけない。価値が下がりきるまでに売り切らなくてはいけないわけで、きっとスタッフの方は「お前、もっと愛想よくしろよ」なんて、日々、思っているのだろうな。
命の売買。こんなにもストレートで、シビアな世界であることがまるみえだから、今の僕には辛いのかもしれない。もうちょっと、オブラートにくるんでくれたらいいのにね。
勤めている会社で、僕はリストラ候補に挙げられているであろう40代になったばかりの名ばかり管理職の一人だ。目立った成果をあげることなく15年間、会社員をやってきた僕にはどれだけの価値があるのだろうか。買ってくれる人はいるのだろうか。
そんなことを考えながら、遠巻きに猫を選ぶ妻子を見ていた。
娘が学校に行くのを嫌がったのが半年前。今は登校拒否の状態にある。妻の幸子もパートに出ているから、平日の日中、四年生の沙良は一人だけでマンションにいるのだ。
犬を飼うのはどうかと言い出したのは妻の幸子からだった。妻は地方の一軒家で育ち、小学生の時から、病気で亡くすまで10年間、犬を飼っていた経験がある。
犬を飼うことで、散歩にも出かけ、家に引きこもることなく、登校拒否が少しづつ改善していけばと考えてのことだった。
僕は妻の考えをそこまでわかっていたのに、
「猫では駄目かな?」
なんて口に出してしまった。散歩が僕の役目になることを怖れたのと、ちょっとだけネットで犬猫の価格を調べたりして、経済的に猫と暮らす方がはるかに安価であるように思われたから。
特に妻と言い合いにならなかったのは、『どちらがいい?』と問われた沙良が「猫がいい」と言ってくれたからだ。
マーブル模様のアメリカン・ショートヘアの子猫を購入した。子猫を家に迎えいれると、部屋の中をグルグルと走り周った。いつのまにか子猫は疲れ果てて眠ってしまったが、その姿を妻と娘はずっと愛おしそうに見ている。
そして、その夜、僕は不思議な夢を見た。
「どうして私?」
「え?」
「どうして、私が選ばれたの?」
姿は見えないが声が聞こえる。え? その声、今日、買ってきた猫ですか?
「さぁ、どうしてだろう。選んだのは僕じゃないから」
変な猫だ。感謝の言葉が言いたいのかな。選ばれてよかったじゃないか。君は気に入られたんだよ、幸子と沙良に。僕だって、悪くないと思ってる。部屋を走り回る姿をみて、可愛いと思ったよ。
「本当は犬が希望だったのでしょう?」
「え・・? いや、そんなことない」
「安かったから? 隣のコは私より3万円も高かったもの」
「いや、それは違う」
別に言い訳をするわけじゃないけど、価格で決めさせたわけじゃない。確かにこのぐらいの予算でと話はしていたけど、二人が君と決めた理由は、お金だけではないはずだ。ちゃんと理由なんて聞かなかったから、わからないけどさ。インスピレーションなんじゃないか。いや、だって、全てに理由なんてないでしょう?
「もうね、私、生後1年だから、どんどん価値、落ちちゃったね。半額SALEの札、貼られちゃったもの」
僕は沙良が『このコに決めた!』って指で示した時に、価格だけ見たわけじゃない。でも、このコから見たのか、価格から見たのか思いだせない。だって、僕は、確かに乗り気ではなかったんだ。この件に関しては二人に任せて、僕は今は、自分の仕事に関してだけ考えていたかったんだ。
「ごめんね。本当は、ただよろしくって言いたかったのに」
「え?」
「あんまり、関心をもってもらえてないから意地悪いいました」
「え・・」
「よろしく」
なんて会話が終わって、僕は目を覚ました。午前3時だ。ひどく汗をかいていて、へばりついたシャツが気持ち悪い。
寝室に、親子三人で川の字になって眠っているのだけれど、隣に娘の沙良の姿はなくて、リビングから光がもれている。
僕はそっと寝室のドアを開けて、リビングをのぞいた。ドアが開く音に気づいた沙良が笑顔でこっちこっちと手を振ってくれる。
子猫がお皿に汲まれた水をペロペロとなめていた。沙良は這いつくばって、一緒に飲むかのような距離で見つめていた。
「可愛いね」
僕の一言に、沙良はうなづいて、満面の笑みで応えてくれた。
この時になってようやく僕は、猫を購入してよかったと思った。娘の沙良に、この猫を大事にしてほしいと願った。
そして、僕もまた、妻子を大事にするのはもちろん、この猫も大切にする。そして、自分自身も大切にしたいと思った。
沙良は自分を大切に扱わない世界から逃げ出して、今、どこか他の世界を探しているのだろう。
そして僕も会社に大切にされているとは思えない。いや、僕自身も今の会社が大切だとは思っていないのだ。不平不満を口にしながら、家族のためだと思って、嫌々ながら毎日を送ってきたのだ。
向上心なく仕事をしてきた40代の僕の評価は低いだろうな。もしかしたら、どこの会社も手を上げてくれないかもしれないな。そうしたらどうすればいいのだろう? 家族がいるのにね。家族が一人、増えたのにね。
いや、こんな風に考えて、僕はずっと変われなかったんだ。もう、それでは駄目なんだ。会社が僕をリストラする理由。これは僕自身で答えがでてる。僕は代えのきかない人材にはなれなかったから。
たぶん、いろいろと大変だろうな、今後。でも、やっぱり自分を大切にしてくれる場所で仕事をしなくちゃ。自分が大切にしたい仕事をしなくちゃ。
真剣に未来を考えて、次の会社を選ぼう。そして僕を選んでもらおう。
WIN.WINの関係でなければ、やっぱり互いに幸せだとは言えないと思うから。
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