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周辺で最も高い山頂に措かれた惑星基地の外は、今日も雨。
方舟に乗ったノアが見たであろう景色を観察しながら、搭載された人工知能『灯火』を相手に連歌して過ごす。チェスや将棋といった、勝敗のあるものは辛い。AIに勝とうとするより、共同で創作活動する方が精神的に平和だ。
「星空を たまには見たいが 今日も雨」
「ヘタクソカ!」
「わざとだよ。わーざーと! 稚拙な上の句をフォローさせて、学習を促してあげてるの! ほらそのツッコミも教えてあげただろ。因みに今のところは『小学生か!』でもいける気がする」
「ソノ文言ハ語呂ガ悪イノデ候補カラ外シマシタ」
ここは母星から遠く離れた僻地星。そろそろくたばりそうな母星の代わりとなる星の一つをテラフォーミング中なのである。五十年かけた大事業だが今はその最終段階で、この雨が上がり、水が引いたら、母星から研究員や作業員たちが大挙してくる予定だ。俺の名は高市。観測の任で派遣されて半年になる。
半年間、やまない雨を見ながら、ひたすら、人工知能だけ相手に遊んでいるのである。良い仕事だ。独りが苦でなければ。因みに前任者は鬱になって辞めていった。
「仙女ノ衣モ 乾ク間モナシ」
「彦星に会えなくて、織り姫の衣も涙で濡れて乾くこともない・・・かな? むむう。ただの日記を恋文にされた」
「タマニハ趣向ヲ変エテ、私ガ上ノ句ヲ詠ンデミルノハドウデショウ?」
「お、やる気だな。いいよ。やってみよう。下の句が台無しにするだけだと思うけど」
「最果テノ 終ノ褥ニ 余リタル」
「ん? 最果ての終の褥? 余ってる? なんのことだろう」
「サテ、何デショウ。謎解キ風ニシテミマシタ。解答ハ返歌デオ願イシマス。・・・ソロソロ昼食ノ時間デハ?」
追い立てられるようにして食堂に向かう。あいつは案外と優しいから、観測室に篭もっていても答えは見つからないと、ヒントを出してくれているのだろう。暇を持て余している俺のために、こんな謎解きゲームまで考えてくれるなんて。甲斐甲斐しい奴だ。AIがいれば彼女とか家族とかいらないな、本当。いや、負け惜しみじゃなく。
俺は食堂に続く一本道を歩き出した。
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