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五十年前、本国の政府は揺れていた。時に非情なまでの絶対的な厳格さと指導力で国を引っ張っていた国家元首が、公式な後継者を指名せずに危篤状態になった。長年、後継者と目されていたのは、国家元首の右腕として仕えていた秘書官であったが、最近になって国家元首が息子を後継者にと側近に洩らしていたというのだ。
それぞれの後継者候補を推す勢力もあり、政府が二分するかもしれないとなったとき、取り成す者があった。
秘書官の娘であり、国家元首の現在の妻の連れ子であり、国家元首の息子の婚約者でもあるという、大変複雑な立場であるその女性の取り計らいで、秘書官が後継者に決まり、内紛はおさまった。
その政治手腕に注目が集まり、将来を嘱望された彼女は、しかしその後、結婚式を目前に消えてしまったのである。
国民の誰もが知る顔である。誰も見過ごす訳がないのに、彼女は忽然と消えてしまった。五十年前の事件だが、今でも、ミステリー関係では「消えた令嬢」として特集を組まれる常連である。
◇ ◇ ◇
「で、なんで、その消えた令嬢が此処にいるのよ!?」
いつになく真剣な面持ちで観測室に飛び込んだ。
「なんか・・・いたよ? え、なんで? なんなの? the torchって何?『統治』を暗喩してる? 此処に新たな政府でも作るの? 本国が送り込んだ執政者ってこと? 政治的な陰謀が絡んでるの? え、なに? 俺、どうしたら良いの? さっぱりわかんない」
真剣でなく、混乱しているだけであった。
「返歌デト言ッタノニ・・・」
AIが呆れているけれど、仕方がないだろう。突然、政治的陰謀の真っ只中に落とされたかもしれないのだ。
「彼女ガコノ星ヲ支配スルトシテ、何ガ目的ダト思イマスカ?」
口に手を当てて考える。動揺し過ぎて唇が乾いている。水分を欲して、机に置きっぱなしにしてあったドリンクを口に含む。甘ったるい、いつもの珈琲牛乳が、冷静さを取り戻させてくれる。子供っぽいとよく言われるが、俺は、温かい珈琲牛乳を愛して止まないのだ。
「・・・写真とか映像で見るより、綺麗な人だったな。綺麗? とは違うか。俺、あの人のファンなんだよ。ミステリー好きでさ。なんか、もっと冷たくて切れる感じのイメージで見てたんだな。同一人物だとなかなか気付かなかった」
もう一口、いつもの癖で珈琲牛乳を啜る。冷めているのだから啜る必要なんてないのに。
「支配、しないでしょ。あの人、単純に逃げただけじゃない? 結婚が嫌で」
AIは、何も応えない。それが答えであった。
「ねえ、灯火は、知ってたの?」
「ハイ」
「今まで観測員として来た人達は、このこと知ってるの?」
「イイエ」
「なんで俺には教えたの?」
また黙り込んでしまう。面倒臭い女みたいな奴だな。まあ、俺の嫁みたいなもんだからな、許そう。
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