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変わったな、と思う三軍の子が、大人になって、カーストから抜け出している。一軍は一層煌めきに磨きが掛かっている。
逆に変わらないのは、二軍の面々だ。そこに見えるのは自惚れだ。成人式ではあまり気付かなかったが、お酒が入るとその辺りが顕著に現れる。懸命に三軍にマウントを取りにかかるが、そこにいるのは、対等な立場になった大人。四軍の一部は相変わらず、大人になっても、独特な雰囲気を纏っていた。
立食式のパーティー会場で、私は仲の良かった女の子の隣で、まだ慣れないお酒を傾けながらそれを眺める。
正直、二〇になった今も、大人になったという自覚はなかった。でも側から見たら、思ったよりも変わっているのかもしれない。制服じゃないから。メイクを覚えたから。校則に縛られない髪型になったから。
たった五年。その間の空白が、こんなにも歪んで、奇妙に感じる。
「百田さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、平井君がいた。まだお酒を飲んでいないのか、素面の状態で近付いてくる。
「ヤマト連絡取れたよ。もうちょっとしたら来るって」
「そっか。良かった」
返事をしながら、どうしよう、と思った。嬉しいのは確かだった。でも話題があるかと云われると、困る。
三年間同じクラスだった。でも、それだけ。ああそうだ、修学旅行の班が同じだった。でも、結局班の中で男子と女子は、なんとなく分かれて行動していた。あとは。あとは。
緊張、してるんだろうな。平井君はそれだけ伝えて、先生たちに挨拶に向かった。
それから、隣の友達の話にも、どこか上の空で相槌を打っていた。そのうち、気がついた頃には、彼女も何処かに行っていた。見回してみると、三軍の女の子たちに混じって談笑していた。
一人で飲み始めて、少しして、立ち疲れた面々がステージの縁に座り始めた頃、入り口が開く気配がした。
「ヤマト!」
離れた席で飲んでいた平井君が、グラスを置いて駆け出す。ざわめきはあまりそれを気にする様子もなく、入り口で抱きつく平井君の声を掻き消した。
背の高い、スラリとした人影が見えた。長い腕が、平井君の背中をあやすように叩く。洒落たマッシュヘアが、平井君の頭の向こうから覗いた。
一言二言交わした様子で、平井君が離れる。それから、え、と思った。
黒のスキニーにタートルネックに、ロングコートのシルエット。ただでさえ高い身長なのに、踵の高いブーツ。その目元は、丸く重たい前髪で隠れているのかと思ったら、違う。
細い目。閉じているのかと思うくらい、細い。私の記憶の中の彼は、ぱっちりとしたアーモンド型の目をしていたはずなのに。
そう思っている間に、平井君に連れられて、彼が近づいて来た。
右目の下にある二連の黒子。確かに、宮部君だ。だが。
やっぱり、細い目。左耳の二つのピアス。それから、スプリットタンみたいに、不自然に欠けた右耳。
これがあの宮部君?
「百田さん? わー、久しぶりだね。元気にしてた?」
そう云って彼は、甘い笑顔を浮かべる。
洗練された、とても綺麗な表情。ただそこに見えるのは、対価のにおいがする愛想。ホストほどあからさまに飾っているわけではないが、決して感情的な笑顔ではない。
「……宮部君?」
呼ぶと、彼は思わず、といった風に目を見張った。
そこから覗いたのは、はっとするような、強い発色の紫色のカラコン。コスプレのような派手なそれも、付けているのか彼というだけで、なんとなくお洒落に見えた。あ、でも、やっぱり本当はぱっちりとした目なんだ。安心した。それをまた、彼は目を細めて、隠してしまう。
「良かった、覚えててくれたんだね。昔もだったけど、凄く綺麗になっちゃって。いやぁ、僕あんまり可愛い子と喋るの慣れてなかったから、昔はなかなか声掛けられなかったんだけど」
香水の香りに混じった隠しきれない煙草のにおいが、一層彼を怪しく見せる。空白が、五年間が、彼を大人の闇に引き摺り込んだ。でも。
がっかり、といった感情は湧かなかった。その彼の危うさが、凄く、魅力的だ。
凄い。こんなになっちゃうんだ。垢抜けて、また彼も、窮屈なカーストから背を向けている。
「百田さんって、今何やってるの?」
「あ……えっと、短大に。今年卒業で、地元に帰って、保育士に」
「え、そうなんだ。中学の時から云ってたよね、じゃあもう本当に先生になるんだ。凄い、おめでとう」
覚えててくれたんだ。それが無性に嬉しい。
ありがとう、と云って、真正面から褒められるのが照れ臭くて、視線を外す。細長い彼の手。その右手の甲に、三角形を描くような三つの黒子が見えた。頬も手も、ミステリアスな彼には、不思議な黒子が出来るんだな。中学生の時は気付かなかった。
「宮部君は? 何してるの、今」
「ん~? 僕はね、今、学生。と、バーテンダーのバイトやってるよ」
バーテンダー。そのアダルティーな仕事に、納得する。
確かに。この火照った酔ったような空気に、彼はまったく飲まれていない。
「僕も何か飲みたいなぁ。何あるの?」
その問いかけに、平井君が指折りながら答える。
「梅酒、果実酒、あとビールと焼酎、ソフトドリンク。以上」
「は? それはぼったくり。五千円あったら、そこそこ良いバーで飲めるのに」
「俺がいる時点でどんなバーよりも素晴らしい場所だろ」
「そんな思わせぶりなこと云ってっとマジで口説くよ? トオルちゃん」
「は? 無理」
「は? 嘘じゃん? こんな振られ方ある?」
アルコールで少し据わった目をした平井君の扱いも、猫を相手にするように、上手く立ち回る。
私は必死に話題を探した。宮部君のことを知りたい。素直な感情に、私自身、少し戸惑っていた。何を訊こう。どう訊くのが自然かな。
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