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「あれ、ヤマト? 来たんだ」
はっとする。一軍の女の子。遠巻きに彼を眺めていた四軍が、出遅れたような顔で顔を逸らす。
「ミコトちゃん。やほ、会いたかった」
冷たい手が、心臓をすくい上げるような感覚。ひんやりとした痛み。
名前。名前で、呼んだ。二人共。親しそうに。「会いたかった」って、云った。
「成人式いたっけ? 声掛けてよ」
「あ~、あのね、行けなかったんだ。スーツ汚れちゃってさ。あーあ、皆こんな可愛くなってるなん聞いてないよ、振り袖見たかったなぁ」
「何してんの、もう。写真見る?」
すらりと背の高い、モデルのようになった一軍の女の子と、それよりもう少し背の高い宮部君が並ぶと、本当に絵になった。彼らは顔を近付けて、スマホの画面を覗き込む。
「えー可愛いんだけど」
「でしょ」
あ。取られちゃう。
中学生の時と一緒。欲しいものは強引に手に入れる。文化祭の劇の配役も、席替えで座りたい席も、気になった男の子も。可愛いってだけで、目立ってるってだけで、我侭に生きられる。それだけで、彼女たちの学校生活は、キラキラしていた。
狡い。本当に。でも、可愛い。
成人式にちゃんといたかどうかも覚えていないのに。私の方が、彼のことを気にかけているのに。
あ。なんだ。
結局、私だってまだ、カーストに呪われている。
対等になっても、いじめられるのが怖くて、除け者にされるのが怖くて、我侭になれないでいる。
「あ、これトオルちゃんじゃん。ウケる。一番可愛い」
「だろ~、俺が一番可愛い」
平井君が宮部君にもたれ掛かるように、二人の間で腕を引く。
その時、ぱっと宮部君が首元を押さえた。その不自然な動作が、私の視線を彼の首筋に向かせる。なんだろう。そう思っている間に、彼はタートルネックの襟を引き上げてしまう。
怪我でもしてるのかな。もしかして、キスマーク? だからスーツ着れなかったのかな。そもそも、もう恋人とか、いるのかな。カッコいいもんね。でも、いなかったら良いな。
ぐるぐると考えていると、ぐっと顔を更に近付けて、一軍の女の子が笑った。その距離の近い一動に、モヤモヤとした感情が沸き上がる。
「んはは。うーわマジだ、平井君一番可愛い」
大きく口を開けて笑っても、一軍の女の子って、なんでこう可愛いんだろう。
悔しい。悔しいけど、貴女が一番可愛い。良く知らないけど、あんまり話さないまま卒業しちゃったけど、一軍の中でカッコいい女の子のポジションにいた子。小暮井ミコトちゃん。
五年で髪が伸びて、緩い三つ編みにして、前に垂らしている。明るいミルクティーみたいな色の髪。白のニットと、腰の細いパンツ。長い脚が、高いヒールで更にすらりと見える。オレンジのシャドウもリップも、丸い眼鏡も、凄く似合う。カッコよくて上品で、何より可愛い。悔しい。
私は、持っていた梅酒をぐっと煽った。
アルコール。まだ慣れないお酒。美味しくない。皆が飲んでたから、お酒にしたけど。美味しくない。本当に。
頭の中をかき回す。大きな感情を上手く抱えられなかった。
入れない。入れないよ。このキラキラした空間に。
カッコいい男の子と、可愛い女の子。その間に入れる平井君みたいな人懐っこさも、ない。
可愛い女の子って、狡い。文化祭の役も座りたい席も気になった男の子も、一番最初に選べる。
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