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少女漫画
宮部君は恰好良くなった。きっとそれは、彼の好きな子のためだ。彼は自分のためより、人のために何かをするのが得意だ。自己犠牲の優しさ。彼の犠牲、擦り減った彼の心には誰も気が付かない。縁の下の力持ち。長い手足で、王子様がお姫様を抱えるみたいに、優しく支えている。
だからそれが私だったら、なんて柄にもないことを思った。少女漫画みたいになれば良いのに。私だってそれなりに頑張って、大人になったんだから。報われても良い。
でも可愛いがそれの邪魔をする。だからちょっと可愛いが嫌いになる。
ミコトちゃんに連れられて、宮部君は先生たちに挨拶しに向かった。その後ろ姿を眺めて、私はお酒をちょっとずつ舐めるように飲んでいた。
ふうん。可愛い。可愛いな、ミコトちゃん。
可愛いから。可愛いの活用の仕方を知っているから。だから、宮部君を自然に取っていける。
なんとなく、それから平井君と一緒に飲んでいた。彼は酔っていても話すのが上手い。私は相槌を打つだけで、スムーズに会話ができている気になる。
もしかすると、私が一人にならないように一緒にいてくれているのかもしれない。
「百田さんは優しいんだね」
名前を呼ばれてようやく、意識が平井君に戻る。聞いてなかった。何の話をしていたっけ。
「優しい……かな」
「気遣いができるって云う方が良いかな。酔ってるのに」
「え、そんなに? 顔赤い?」
「赤い。可愛い」
そう云う平井君だって、いつもの生徒会長みたいな、はきはきとした喋り方じゃなくなっている。舌の根が痺れているみたいな声だ。
云われて私は、自分の頬を触ってみる。確かに、熱いかもしれない。調子に乗って飲み過ぎたかな。
「さてはまだ酒に慣れてないな? ペースが早いぞ」
「平井君が云うんだ」
「百田さんよりは慣れてるつもり」
「私より慣れてても自慢じゃないよ」
そう、と平井君は笑う。歯並びの良い白い歯。それからまた、そういえばね、と続ける。
私は頷きながら、また二人を探す。見つけた。あーあ。やっぱり、お似合いだ。凄く、理想的なカップル。
一通り会場を一周した頃、宮部君がこちらに向かって歩いてきた。その王子様みたいな立ち姿を、他の女の子が、三軍や四軍の男の子が、私の友達も見てる。カッコいいって思ってる。そんな感じがした。ミコトちゃんもやっぱり、一緒に歩いてきた。
「そういえば百田ちゃん」
「え?」
そう云って、話を振って来たのはミコトちゃんだ。彼女の頬は、チークじゃないほんのりとした赤みを帯びている。可愛いなぁ、ホント。
「まだ写真撮ってなかったよね。一緒に撮ろ?」
返答も待たず、ミコトちゃんはすっと私の肩を抱いて、インカメを向ける。良い匂い。咄嗟に笑顔を繕うが、あまりにぎこちない。隣で綺麗なミコトちゃんの笑顔が映るので尚更だ。
「ありがと。百田ちゃん、すっごい可愛くなってるね。あんまり可愛かったから、ちょっとさっき無視したみたいになってごめんね。わたしも、ほら、緊張しちゃってて」
そうなんだ、と笑う。嘘だ。緊張した感じなんて全然見せないくせに。どうせその写真だって、自分を良く見せるための、引き立て役くらいにしか思ってないくせに。
好感度が上がる言葉。どこまで私を突き放せば気が済むんだろう。もう勝てるなんて思っていないのに。
視界の隅で、宮部君がぐっとグラスを煽った。空になったグラスを、とん、と近くのテーブルに置く。
「さて。僕ちょっと煙草」
「あ、私も」
カルタ取りみたいに、反射的に出た言葉に、自分が一番ぎょっとした。三人の視線が集まる。
ミコトちゃんが云う前に、と思った。慌てて云い訳を探す。
「……風に、当たりに行きたい、かも」
こういう時、お酒っていうのは、嘘をスムーズに吐かせてくれる。自然なのかどうかは、今は、分からない。
「そうだね。顔赤いもん、百田さん。僕も一人は寂しいし」
宮部君が言葉を継ぐ。エスコートが上手いな。そういうところ、やっぱりバーテンダー。
分かってる。分かってるよ。身の丈に合ってないことくらい、分かってる。だからもう良いでしょ。苦しいだけでしょ。何ムキになってんの、私。
宮部君が、さっきからずっとミコトちゃんのこと見てるのくらい、分かってるんだよ。
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