雨の日の憂鬱

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 もう物音はしない。  それはそうだろう。  父は今朝から出張で、明日にならないと帰ってこない。  母は友達と観劇に出かけていて、夕方遅くにならないと帰ってこない。  いま、この家にいるのは、あたしひとりだ。  きっと空耳だろう。  あたしの場合、片頭痛に幻覚がついてくることがある。それに加えて、鳴ってもいない音が聞こえたとしても不思議はない。  幻覚というのはこういうことだ。  頭痛がだいぶ治まってきたころに、それが見える。頭痛五回につき、幻覚が一回といったところだろうか。  目の前に、犯罪現場の映像が映るのだ。加害者の目で、被害者を見ている、という映像だ。  たとえば、突き飛ばされて地面に転がったおばあさんの姿が見えたことがある。ひったくりの被害にあったらしく、手をのばしてなにかを叫んでいる。  また、たとえば、襟首をつかまれて締め上げられている、サラリーマン風の若い男の顔が見えたことがある。ヤクザに因縁をつけられているのだろうか。  でもそんなのはマシなほうで、あるときは、血まみれのおなかを手で押さえて、床をのたうつ三十ぐらいの女の人が見えたこともある。  それがきっかけで、あたしが見ている幻覚は、予知夢のようなものだとわかった。
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