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「お兄ちゃん、将軍さまとケンカしたって本当?」
その日の晩。家で木のテーブルを囲んで、お互いに肘をぶつけながら6人で夕食をとっていた時、ハルトは妹のキンテにそんなことを言われた。
ハルトは灰色の器を持ち上げて、夏野菜のスープを一口すすった。隣のキンテはこっちをじっと見ている。皿状のランプの小さな火と、窓から届く控えめな赤い日差しが、彼女の丸い瞳に映り込んでいる。
「それは誰に聞いたんだ?」
「おばちゃん」
ハルトが視線を家主に移すと、彼女は曖昧に笑ってみせた。
ハルト達兄妹は両親を早くに失った。幼い妹を連れて路上で途方に暮れていたハルトに、通りがかった親切なご婦人が声をかけてくれ、以来彼女とその子供達と同居させてもらっている。かなり迷惑をかけたが、私兵団に入ってやっと金銭面で多少の恩返しができるようになった。
「キンテ。お兄ちゃんがそんなことする男に見えるか?」
「だってお兄ちゃん、この間ケンカしたばっかりだよ」
誰と、とは聞かない。痛いところを突かれて、ハルトはテーブルに片肘をついて頭を抱えた。自分より7歳も下で――自分達の正確な年を知らないので大体だ――まだまだ子供だと思っていたが、近頃の彼女にはその認識を改めざるを得ない。
「あれは喧嘩じゃない。難しい年頃なんだろ。で、話を戻すと、将軍と道端でちょっとしゃべっただけだよ。心配するな」
おー、と周りから感心するような声が上がった。ただ、キンテだけは浮かない顔だ。
「お兄ちゃんの心配するなは、ちょっと心配。無理はだめだからね?」
お説教のようなことを言うのは珍しい。ハルトは微かに笑顔を見せると、キンテの丸っこい髪型をした頭を撫でた。自分が不甲斐ないせいだ、と内心密かに気持ちを引き締めていた。
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