不機嫌のワケ

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「ポラリスの誓い……社会小説……」  この人、なかなか渋い趣味だな。確かに、そういった本を読みそうな、すごく真面目な雰囲気がビシバシ伝わってくる。  社会小説……どの辺だったかな。滅多に借りられないジャンルだから、書架がどの辺りだったのか思い出せない。見当違いの場所に案内するのはちょっと恥ずかしいし、申し訳ない。思い出せ……思い出せ……なんて思っていると。 「こっち」 「え……」  藤沢先輩が受付を出る。本の場所を聞いてきた彼は、オロオロと私の方を見ている。この人たぶん、藤沢先輩が怖いんだ。だから、私に声をかけた。 「あ、えっと……こっちみたいです。行きましょう」 「あ、はい」  私とその彼は、慌てて藤沢先輩の後をついて行く。  テクテクテクと、迷いのない足取りで藤沢先輩は私たちの前を歩く。その間、ずっと無言。その顔を後ろからチラリと見ても、相変わらずの不機嫌顔。  隣を歩く彼は、なんとなく委縮しているように見える。……気持ちは痛いほどわかる。不機嫌顔、しかも無言で案内されるのは、確かに怖い。いたたまれない。 「ここ」  藤沢先輩がピタリと歩みを止め、ある書架の中段を指差した。そこには、社会小説が集められている。その中に、彼の探していた「ポラリスの誓い」もあった。 「あ、ありがとう……ございます」  彼がお礼を言うと、藤沢先輩は「いえ」と一言だけ発し、スタスタと受付に戻っていく。  先輩の姿が私たちの目から見えなくなった頃、本を抱えた彼は、大きく息を吐き出した。  ……どんだけ緊張してたんだ。いや、私も人のこと言えないけど。  でも、表情や態度こそアレだけど、私たちのやり取りを聞いて、困っているのを見て、わざわざ案内を買って出てくれた。  顔は怖いけど、藤沢先輩って本当は優しいのかも? 「あの、貸出処理をしますので、本とカードをお預かりします」 「はい、よろしくお願いします」  私はその場でその本と彼の図書カードを受け取り、貸出処理をするために受付へ小走りで駆けていった。
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