不機嫌のワケ

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「あ、あの……これ」  恐る恐る本を差し出す男子。なかなかのツワモノかもしれない。もしくは、よほど急ぐ用があるのか。  藤沢先輩は無言で受け取り、流れるような動作であっという間に貸出処理を終え、本を彼に手渡す。 「どうぞ」 「は、はいっ。すみませんっ!」  彼は小走りで図書室を出て行った。  藤沢先輩は、迷惑そうでもなければ、怒っているようにも見えない。それに、受け渡しだって丁寧だった。でも、その表情と素っ気ない口調で、彼は怒られたように感じたのかもしれない。  先輩は周りには気付かれないよう、そっと一つ溜息をついていた。  藤沢先輩なりに頑張っているのになぁ……。自分で怖がられているのがわかってるから、できるだけ丁寧に対応しているのに。  それに表情だって、素の不機嫌顔より随分柔らかい。でもこれは、普段と見比べているからわかることであって、その時しか見ない人にとってはやっぱり怖いんだろう。  藤沢先輩は努力している。自分なりに、精一杯。それがわかるようになったから、私は最近、藤沢先輩をちょっと可愛いとまで思うようになっていた。  不機嫌顔で素っ気ない。でも、藤沢先輩はなんだかんだとよく気がつくし、優しいのだ。  返却図書がたくさん積まれた重いワゴンは絶対に藤沢先輩が押してくれるし、書架の高い位置に置かれている本は、藤沢先輩が最初からそれを選んで返却してくれる。私にその本を取らせないのだ。それくらい、藤沢先輩は書架の位置、並べられている本の位置を正確に把握している。  だからうっかりすると、気を遣ってもらっていることに全く気付けない。でも藤沢先輩は、たぶんあえてそうしているんだと思う。ものすごい気遣いだ。また、それを自然にやれてしまうところがすごい。
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