不機嫌のワケ

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 そんな諸々のことに気付いてしまうと、藤沢先輩のことを「怖い人」だとは思えなくなってしまった。  怖い人なんてとんでもない。むしろ、めちゃくちゃいい人だ。  そんなこんなで、今や藤沢先輩は私にとって「気になる人」兼「尊敬する人」兼「仲良くなりたい人」という位置づけになっている。  仲良くなるには、相手のことをできるだけたくさん知ること。という訳で、私は藤沢先輩を観察し、時には話しかけたりするようにしている。  そのおかげで、先輩の好きな本のジャンルはわかった。先輩は歴史ものが好きだ。空き時間に読んでいたり、貸出する本も、歴史ものが一番多い。  それはわかっていたけれど、ある日私は、手の空いた隙にチラッとそれを聞いてみた。 「藤沢先輩って歴史ものが好きなんですか?」  藤沢先輩は私の方を見て、小さく頷きながら答える。 「じいちゃんに勧められて読んでみたら、面白かった」 「先輩のおじいさん、本が好きなんですね」 「あぁ。……平井は推理ものが好きだよな」  思わず目を見開いてしまった。  藤沢先輩が、まさか私のことを気にしていたとは思っていなかったから。 「そ、そうなんですよ! 今読んでる本もすっごく面白くてですね、これなんですけど」  今私が読んでいるミステリー小説を取り出すと、先輩はタイトルを見てほんの少し表情を和らげた。初めて見る先輩のその顔に、心臓がドキリと音を立てる。 「それ、面白かった。その作家の密室シリーズ、読んだか?」 「いえ、まだなんですよ。まだこの作家さんのは読み始めたばかりで」 「ふーん。じゃあ、気に入ったら次は密室シリーズ読んでみれば? 棚の低い所にあるから平井でも届く」  まさか藤沢先輩に本を勧められるとは思ってもみなかったので、私のテンションは瞬く間に急上昇してしまった。 「はい! 読んでみますっ!!」 「声」  先輩がシッと人差し指を立てる。  いけない、つい大きな声を出してしまった。  藤沢先輩はそんな私を見て、やれやれといったように息を吐いた。  でも、その表情はこれまで見たことがないくらいに優しげで、私の心臓はバクバクと大きな音を立て続けていた。
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