序章4 奇妙な共同生活

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序章4 奇妙な共同生活

三芳有希という少女は約半年前から佐竹の家に住んでいた。  当時、十五歳で紅葉より三歳年上である。少女がこの家に来た経緯は佐竹に拾われたことが由来だ。有希は中学に入学した当初はどこにでもいる女子中学生だった。勉強が出来て真面目なところが有希という少女だ。しかし、真面目が故に同級生への些細の注意が怒りを買っていた。教師に告げ口するところが気に食わなかった同級生はよく有希に嫌がらせを繰り返した。物を隠したり教科書に落書きされたりやりたい放題。それが嫌になり学校に行かなくなった。次第に不登校になり引きこもりになった。  自分は何のために生きているのか分からなくなった有希はどうでもよくなり、家を飛び出していた。自分が今どこにいるのかも分からなくなった有希はある人物に声を掛けられた。 「君、何か困ったことでもあった?」  その手を伸ばした人物こそが佐竹である。  自分の居場所が無くなった有希にとって佐竹の家は恰好の隠れ家として最適だった。  衣食住全てが揃った環境に居心地の良さを感じた有希はそこを気に入った。  当然、有希の実家からは行方不明届が出されているが、中学生の家出ということでメディアでは取り上げられるほどのニュースにはなっていなかった。  結果、有希は行方不明になって半年間、この家で過ごしていた。 「あなたはどうしてここへ来たの?」  佐竹が買い物に行っている時に有希は紅葉に聞いた。  初めて口を開いてくれた有希に紅葉はテンションが高まった。 「実は家に居たくなかったの。毎日同じことの繰り返しで嫌になった」と、紅葉は自分の感情を正直に言った。 「私も同じ。居場所がないからここにいるの。現実逃避よ」 「同じ境遇なんだし、仲良くしようよ。有希さん」  紅葉は手を差し伸ばした。しかし、有希はその手を払った。 「悪いけど、あなたと仲良くするつもりはないわ」 「どうして?」 「人を信じられないの。昔、色々あってね。仲良くすれば辛くなるだけよ」 「あのおじさんとは仲良くやっているの?」 「別に。ただ食べ物を持って来てくれて住む場所も提供されて何かと都合良い存在なだけよ」 「ずっとここにいるつもりなの?」 「可能であればね。成人して働けるようになれば勝手に自立するつもりだけど」 「ふーん。そうなんだ」 「一つだけ言っておくけど、ここに住むつもりならあの男の前では愛想よくしといた方がいいよ。犬や猫みたいにしていれば機嫌良くなって優しくしてくれるし。ただ、機嫌が悪いと暴力振るから気をつけて。私に話しかける時は出来るだけあの男の前では控えること」  有希は淡々と注意事項を口にした。紅葉がその意味を理解したのはその日のうちである。 「ただいま。有希ちゃん。紅葉ちゃん。ご飯買って来たよ。今日は紅葉ちゃんの歓迎を込めて寿司を買って来たんだ」  佐竹は二人前の寿司を二人の前に差し出した。 「お寿司だ」  普段、紅葉は食べることのない寿司を前に出されて目を輝かせた。 「さぁ、お食べ。遠慮はいらないよ」 「でも、おじさんの分は?」 「僕はいいんだよ。二人の為に買って来たんだから」 「じゃ、いただきます!」  紅葉は目の前の寿司を食べた。  この時、紅葉は思った。家出最高。幸せなひと時と。しかし、それも束の間のことである。食事を終えた直後のことだ。 「紅葉ちゃん。お風呂に入ろうか」 「はい。ではお風呂お借りします」 「ここで服を脱ぎなさい」 「え?」 「今日から僕たちは家族だ。家族なんだから裸なんて普通に出来るだろ」 「で、でも恥ずかしいし」  十二歳である紅葉には思春期に入っており、人前で裸になるのに恥じらいはあった。少しだけ胸が膨らみ始めたのもその証拠だ。モジモジしているその時である。 「有希ちゃん。お手本を見せてあげて」 「はい」  有希は躊躇うことなくその場で身包みを全て脱ぎ捨てた。見事な裸体に紅葉は同性でありながら顔を真っ赤にしていた。 「さぁ、紅葉ちゃんもここで服を脱いでお風呂に入ろうか」  佐竹は『ここで』を強調しながら優しい口調で言う。 「嫌。見られたくないよ」  紅葉は駄々をこねるようにしゃがみ込み両手をクロスして身体を守った。 「言うこと聞けない子だな! さっさと脱げよ」  佐竹は急に豹変したように拳を壁に叩きつけて穴を開けた。それに驚いた紅葉は恐怖で涙が溢れた。 「おじさんだってこんなことしたくないよ。なぁ? 分かるだろ? 早く脱げよ」 「は、はい」  命の危険を感じた紅葉は急いでその場で服を脱ぎ始めた。死ぬことより裸を見せることが簡単だと思っての行動であった。 「そうだ。やれば出来るじゃない。有希ちゃん。一緒に入ってあげて」 「はい。ホラ、行くよ」  有希は泣き噦る紅葉の手を引いて風呂場に向かった。  風呂場で身体を流した紅葉は正常に戻りつつあった。 「だから言ったでしょ。愛想良くしなって」 「有希さんはもしかして殴られたことあるの?」 「あるよ」 「どうしてそれでもここにいるの?」 「行く宛ないし。機嫌さえとっていれば何でもないよ」 「もしかして脅されているとか?」 「捉え方は人それぞれだけどね。私は諦めているから」 「諦めている?」 「逃げ出すこともこれからのことも」 「それでいいの?」 「いいよ。あなた、紅葉っていうのね。何が落葉よ」 「私はその辺に落ちている葉っぱだから落葉でいいの」 「あなたがそれでいいなら落葉って呼ぶよ」 「うん。そうしてくれると助かる」 「ここにいるのは勝手だけど、私の邪魔はしないように頼むわよ」  この日を機に佐竹の住む一人暮らしの家に有希と紅葉を加えた奇妙な共同生活が始まった。
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