序章 雨の中の訪問者

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序章 雨の中の訪問者

秋の肌寒い季節のことだった。 早朝で陽がまだ昇っておらず薄暗かった。その日は深夜から降り続く雨のせいで気温も十度以下と凍えるような寒さだった。道路に溜まった水溜りは雨で揺れ続ける。住宅街では人の気配はまるでない。 早朝で雨ともなれば住民は暖かいベッドで丸くなっているに違いない。起きていたとしても好んで外に出る者は居ないだろう。 そんな住宅街に女児が一人歩いていた。白のパーカーにスキニージーンズ姿だ。 雨にも関わらず傘を持っていない。おまけに靴すら履かず靴下で歩いている。当然、靴下は水を吸って冷たくなり、歩いたことで穴だらけだ。女児の身体は雨を直接吸収する。 雨と薄着で女児の体温は更に奪われる。それでも女児は誰も居ない住宅街を少しずつ歩き進める。手足が凍え、一歩を進むのがやっとの思いである。ちょっとした衝撃で転びそうなくらい弱々しい動きが不安を誘う。顔は濡れた前髪のせいで表情が分からない。外観から見れば幽霊に見えなくもない。だが、女児は生きている。 自家用車がライトを点灯させ、ワイパーを動かしながら女児の後ろからすれ違う。女児に構う様子はなく水しぶきを上げながら颯爽と通り過ぎる。まるで道路に横たわる猫の死骸を避けるように。猫の死骸を見つけてもわざわざ車を止めて降りて確かめる者はいない。人は予定がある時は他人に構っていられるほどお人好しではない。 見て見ぬ振り。相手から声をかけられてようやく耳を傾けるのがやっとだ。 変に関わって面倒なことに巻き込まれるのが何より避けたいもの。だったら最初から関わらない方が自分の為だ。 それでも女児の足は休めることなく時間をかけながら前を進む。 「ハァ……ハァ……。どこ。ここは一体どこなの?」  女児は懸命に歩くが目的地がどこにあるか知らない。何より現在地だって分かっていない。知らない街に取り残されている。ただ、がむしゃらに歩いているだけだ。きっとどこかにあることを信じて進んでいく。  寒さと疲労で女児の体力は限界だった。それでも女児の身体を動かしているのは助かりたいという気力だけだった。 「あ、あれってもしかして……」  女児はある建物を見つけた。最後の力を振り絞って女児は歩を速める。  スライド式ガラス扉を開けて女児は倒れ込むように中へ転がり込んだ。 「た、助けて下さい」  女児が入った建物は交番だ。中には夜勤明け前の男性警察官が二人居た。  二十代と三十代の男性警察官だ。 「き、君! どうしたの?」  突然、飛び込まれた女児に二十代男性警察官は駆け寄った。朝方に女児がずぶ濡れ姿で駆け込んだら只事ではないことは安易に把握出来ることだ。 「お、男の家から逃げて来ました」と女児は弱々しい口調で言う。 「な、なんだって」  二十代男性警察官は状況を把握した。 「君、名前は?」 「甘栗紅葉」  女児こと甘栗紅葉はハッキリと自分の名前を言った。 「ん? 甘栗紅葉。どこかで聞いた名だな」  後ろに居た三十代男性警察官は何かを察した。懸命に思い出そうとしている。 「先輩、もしかしてあれじゃないですか。今、ニュースで報道されている女児行方不明事件の」 「そうだ。思い出した。それだ」  今、世間を騒がせているトップニュースの一つである。  数週間前から突然女児が行方不明になり、名前と顔出しして大々的に連日ニュースで取り上げている事件である。何一つ発見に繋がる情報が掴めないまま時間だけが過ぎている状態だ。二人の警察官はすぐにその事件を頭に浮かべる。 「でも、行方不明になった場所は関西の方ですよ。関東であるここで見つかるのは不自然です」と二十代男性警察官は疑問を浮かべる。 「とにかく本人確認をしよう。君、立てるかな?」  男性警察官の問いに甘栗紅葉は俯いたまま動こうとしない。  寒さと疲労で疲れ切っていることも勿論だが、それ以前に何か思い詰めた様子である。 「どうしたの、君。おい! 救急車を呼べ」  先輩警察官は後輩警察官に指示をする。 「あの、大丈夫です。立てますから。それより私より彼女を助けて下さい」 「彼女?」 「男の家にもう一人、女の子が監禁されています」  甘栗紅葉の証言で不可解な事件は一気に加速した。  証言通り甘栗紅葉が逃げ出したと思われる家からは男性と女の子の姿があった。それにより長い監禁が行われていた事実が明らかになり家主である男性は誘拐と監禁の疑いで現行犯逮捕されることになる。男性の逮捕を機にニュースとして取り上げられ、一時注目されることに。女児行方不明事件が解決した一方で物語を大きく動かす。
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