序章3 家出

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序章3 家出

十二歳の女児が家出をしようとしても無謀なことなのは分かり切っていることだった。何より家出をするにしても衣食住が揃っていなければ困難である。大抵、家出をするにしても宛がなければ実行できない。それに何日間の家出なのか一生帰ってこないのかそれによってもスケールが変わってくる。どのみち家出中の住処は必要になるのは変わりないが、紅葉に住まわせてくれるような知人はいない。友達も親戚もそこまで親しい関係ではないことが言える。では、どうするかと言えばホテルやネットカフェなどの施設を利用するのが一般的であるが金銭面が悩ましくなる。  紅葉は未成年で働ける年齢にすら達していない為、すかんぴんだ。そもそも家出自体不可能なのだ。それでも家出願望がある紅葉はどうすればいいか悩んだ結果、SNSに目を向けた。ネットに家出の意思を書き込み反応した者が無賃で衣食住を提供してくれると言うものである。これしかないと紅葉は相手の顔写真を見て人が良さそうな人に媚を売る。  ネットでは顔が見えないので少なからず抵抗があったが、ある人とのやりとりが気になっていた。元々、紅葉はオンラインゲームにハマっておりそこで一緒になった人が優しく接してくれたのが嬉しかった。家庭の事情を話したりするようになりそれならうちにおいでよと誘われた。紅葉は信用が出来ると踏んで会うことを決意した。 すぐに迎えに行くと返しがあり、紅葉の家から近い公園に来てくれることになる。 今はどこでもいい。ただ、この家から出て行きたいと言う思いが強かった。 日曜日。この日も母親は朝から仕事に出掛けた。母親が出ていったことを確認した紅葉は自室で支度を始める。大事なモノをリュックサックに詰め込んだ。攻めてもの償いとして洗濯、洗い物、掃除等をやりこなす。思い残すことがないように隅々まで。 「こんなものかな」  時間を確認し、約束の時間が迫っている。そろそろ行こうとリュックサックを手に持ち、靴を履く。紅葉は自宅を複雑な目を向けて約束の公園に向かった。  公園には三十代前半と思わしき男性がベンチに座り、タバコを吹かしていた。  紅葉の存在に気づいたその男性は近付いた。 「君が落葉ちゃん?」  落葉というのは紅葉のSNS上だけの偽名だ。 「はい」と紅葉は小さく答えた。 「会えて嬉しいよ。さぁ、寒くなる前にうちに行こう」  男性は手を差し出した。だが、紅葉は無反応だ。 「どうしたの?」 「あの、私お金持っていません。本当にいいのかなって思って」 「心配することないさ。お金ならおじさんが全部出す。落葉ちゃんはメッセージしたようにある人の話し相手をしてくれるだけで充分だよ」 「はぁ、そうですか」 「さぁ、行こう」  困りながらも紅葉には他に行く宛はない。選択する余地はなかった。不安を残しつつも紅葉は男性の後を付いていく。  電車を何本も乗り継ぎ、気付けば県外まで来ていた。男性の家に着いたのは公園から出発して四時間後のことである。 「ところで落葉というのは偽名だろ? せっかくだから本名を教えてくれないかい? これから一緒に暮らす仲なんだし」 「も、紅葉です」 「紅葉ちゃんか。可愛い名前だね。どうして落葉なの?」 「私は名前に相応しく綺麗じゃない。所詮、道端に落ちている枯れた葉に過ぎないから」 「そうか。自分は浩介。佐竹浩介だ。好きに呼んでくれていい」 「じゃ、おじさんで」 「まぁ、君から見たらおじさんか。それでいいよ」  佐竹が暮らす家は借家の一軒家だった。築は二十年から三十年くらいで所々、木造が腐りかけている。表札には『村田』と書かれている。 「村田っていうのは?」 「それは以前住んでいた人のものだよ。変なセールスとかのカモフラージュとしてずっと変えずに残しているんだよ」 「あの、ここで一人暮らしをしているんですか?」 「あぁ、前はね。今は例の人がいるだけだよ。さぁ、遠慮しないで上がって。ジュースとお菓子を用意しよう」  佐竹に誘導され、紅葉は家の中へ足を踏み入れた。 「お、お邪魔します」  中に入ると外壁同様、部屋の中もかなり年季が入っており歩く度に床が軋むような音がする。一言で言えば汚い。  弁当の容器やお菓子の袋等のゴミ袋が玄関先に溜まっており、床掃除は前回いつしたのか分からないほど埃やゴミが溜まっており、正直裸足で歩くに抵抗があるくらいだ。  紅葉が暮らしていた家と比べると明らかに住み心地は悪そうである。しかし、無一文の紅葉に選択の余地はない。我慢しながら部屋の中へ入っていく。 「さぁ、こっちだよ」  佐竹に誘導された部屋に入るとそこには一人の女の子が体育座りで壁にもたれながら顔を伏せていた。 「ただいま。有希ちゃん。新しい子、連れてきたから仲良くしてあげてね」  有希ちゃんと呼ばれた女の子は何も言わず、紅葉の姿を確認した。その目は冷たく虚ろである。紅葉は「落葉です。宜しくお願いします」と小さく言った。  対して有希は頷くだけで言葉を発しようとしなかった。  紅葉の奇妙な家出生活が始まろうとしていた。
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