羊水に浮かぶ

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 遠野は、三井が住んでいる高層マンションにやって来た。部屋は片付けられていて、まるでモデルルームのように簡素だった。窓からは、地平線まで続く大都市が一望できた。  三井はソファーに座っていた。時計の針は11時58分を指していた。煙草を一本吸う間に時計は零時を回った。三井は三十歳の誕生日を迎えた。  用意した二本の瓶ジュース。遠野はその片方に薬を入れた。 「乾杯」と、三井は言った。 「乾杯」と、遠野も言った。  瓶をぶつけ合う。それから三井は躊躇もなく瓶ジュースを飲み干した。口の端から、オレンジ色の液体が零れ落ちる。 「外の世界を見ろ。街を出るんだよ」と、三井は言った。  遠野は立ち上がり、窓の側に寄った。夜の街はネオンに光り輝いていた。太陽のような赤に、月のような白、海のような青に、森林のような緑。それは光の洪水だった。この街が放つ余りに眩しいエネルギーはきっと、宇宙からでも見える事だろう。 「三井さん?」と、遠野は言った。  返事はない。 「三井さん」  返事は返ってこなかった。 「誕生日、おめでとう」
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