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週明け、原と一緒にK社へと出向いた。
原は、ネクタイを緩めて袖を捲り、運転中は眼鏡を装着する。
時折見せるギャップを、無意識に使いこなすイケメンに、私は今日も感心するのだ。
この男は、自分の使い方を心得ている。
営業部のエースは、長身でサラサラの黒髪と通った鼻梁、今日も健やかで溌溂とした印象だ。
柔軟剤の清潔感溢れる香りと、きちんとアイロンの掛かったYシャツ。
私は、髭も生えそうにない白く綺麗な肌を妬ましく見て、「三十路過ぎには見えないわね」と呟いた。
「何か言ったか? 阿久根」
「腹立つ」
「唐突にキレんな。意味わからんわ」
きっと、生活を支えてくれる可愛い彼女の一人や二人、いるのだろう。
営業マンとして会社でトップを走る傍ら、自分の生活を犠牲にしないなんて、無理がある。
容姿も、仕事も、洗濯も、掃除も、パーフェクトなんて男がいたら、ちょっと気持ち悪い。
「阿久根、そんな虫けら見る様な目で、こっち見んな」
「あ、失礼。ちょっと心の声が、顔に出てたわ」
「どんな失礼なこと考えてりゃ、そんな不細工な顔出来んだよ?」
「いやぁ、原ってちょっと気持ち悪いなって……」
「事も無げにディスんな」
「そんなだから、振られるんだろうね……」
自分が順風満帆じゃないから、他人もそうであってほしいなんて、卑しすぎる。
「お前、まだ彼氏、いねぇんだ?」
「いるわけない。そんな時間ない。あんたみたいに、あっちこっちでモテる人間と一緒にしないで頂戴」
「別に俺は、モテてねぇ。俺も、結構長い事一人だしな」
原はそう言うと、苦笑いして見せた。
仕事と私どっちが――――なんてそんな使い古されたドラマの様な科白を、現実に吐く女子は結構いるらしい。
「俺、煩わしいって思っちゃうともうダメなんだよな」
「じゃあ、洗濯とか自分でやってんだ?」
「あぁ、まぁな。Yシャツは三十枚、スーツは十四着。数で勝負してんだよ」
「あっは! あんた三十枚もYシャツ持ってんの?」
「夜も付き合いあるし、時間ねぇから、どうしたらいいか考えてこの方法に行きついたわけよ」
「あははははは!」
「そんな笑うとこかよっ?」
「いや、出来る男の裏技見たり! って、感じだわ。ふははっ」
「昔、先輩に言われたんだよ。これからは、サスティナビリティ。継続可能な方法で、良い状態を保っていける様な方法が必要だってね」
「サスティナ……?」
「そん時の俺は、自分のYシャツがホツレてても、気付く余裕がなかった。先輩から本末転倒だって笑われてさ。自分の事も出来ない奴に、いい仕事なんか出来ないって」
「それで、継続可能な方法を考えたと?」
「そう。まぁ、数を揃えて洗濯回数を減らせばいいっていう、安直な考えだけどな」
「そうよね。継続して良い状態を保つって、理想だけど簡単じゃない」
大人になると、母親の凄さが分かる。
毎日ご飯をきちんと食べて、お風呂に入って、洗濯された清潔感のある服を着て、掃除された綺麗な部屋を保つ……。
当たり前の事は、意外と続けるのが難しい。
母親の時間だって二十四時間しかないのに、仕事をしながら、家事をこなし、育児をし、世間からは美しさを求められる。
今の私に、そんな当たり前を求められたって、手が回る気がしない。
「今回のK社の新商品は、ユーザーそれぞれに合ったケアを提案しているけれど、コンセプトは“根っこ”と“継続”だ」
「あぁ、うん。資料見たわ」
「お前なら、ユーザーが共感出来るものが作れるだろ?」
「ふんっ、私の肌荒れが酷いから? お前なら、分かるって?」
「違うよ。お前には芯があるし、やり遂げるって分かってっから」
なに、それ。嬉しい。
危うく、そう零しそうになって、私は口の端に力を込めた。
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