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「原さん、お待ちしておりました」
担当部署がある階まで辿り着くなり、そう声をかけて来たのは、リア充を体現した美容部員顔負けの、髪の長い美人だ。
シンプルなブラウスは胸元で綺麗に膨らんで、タイトスカートから、細くて長い脚が伸びている。
イランイランの香りのする自信が目元、口元、シャツの胸元、あらゆる隙間から溢れて、長い睫の奥から蠱惑的な眸が私を見た。
ベルスリーブのシフォンのブラウスで育ちの悪い胸も、運動不足で弛んだ二の腕も隠し、ワイドパンツで浮腫みきった足も隠し、仕方なく顔を見せている自分が、居た堪れない。
「野崎さん、紹介します。うちの企画部の阿久根です」
「あぁ! こちらが……」
「へ?」
視線が痛いのは、私の自尊心の低さだろうか。
何故か、彼女の前に立たされているだけで、双眸を細めたい衝動に駆られる。
「良い仕事しますよ、こいつは」
「期待しています」
「えぇっと……」
「当社の研究開発チームが、寝る間を惜しんで開発した新商品です。よろしくお願いしますね? 阿久根さん」
ピリッとした。
失敗は許さない。そう言われているような、圧を感じてしまう。
でも、うちの部下だって寝る間を惜しんでやってる。
私だって、仕事を中途半端にやったことは一度もない。
それがプライドで、それ以外を犠牲にしているのだ。
「御社の大事な商品、必ず多くの方に届くよう尽力致します」
負けない。ここで私がひよったら、戦う前から負けてしまう。
それから、コンペについての詳細を会議室で説明を受けた。
コンペに参加する他社は、大手一社を含む三社、どう見ても大手の一人勝ちでデキレースを想像させる。
ぶっちゃけ、報電社相手に勝ったという話は、聞いたことがない。
「研究開発部の牧です」
白衣を着た少し年下に見える男が、前に出て商品説明をしている間、正直私は報電社の事ばかりが気になって、真面に話を聞いていなかった。
負ければ、原が取って来たこの仕事は露と消えてしまう。
億単位の利益も泡のごとく消えて、私のチームの数ヵ月は無駄に終わるだろう。
「あの、伝導社の阿久根さん、でしたよね?」
「はいっ?」
説明会が終わった後、ふいに声を掛けられて、私は慌てて振り返った。
原以外の声で名前を呼ばれて、驚いたのだ。
「あ、研究開発の……」
「牧です。ぶしつけで申し訳ありませんが、これ使ってみてください」
彼の手には、今回の新作化粧品のサンプルが乗っかっている。
「え?」
「僕の話、全然聞こえないくらい、考えてくれてましたよね? そんな貴方に、使って実感してみて欲しいんです」
「はぁ……、ありがとうございます?」
話聞いてなかったでしょ? と言われて、結構です、と断れる身分でもなかった。
確かに考えてはいたけれど、勝つか負けるかなんて、今考えても分からない事をグルグルと考えていたような気もする。
肌荒れの酷い私は、そんなに目立っていたんだろうかと、苦笑いするしかなかった。
私の肌が綺麗なら、彼はサンプルを渡したりはしないんだろう。
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