焼き鳥と、赤ワインと、ないものねだり

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 それから、コンペ当日までは時間に追われる日々だった。 「姐さん、今回報電社がいるって、本当ですか?」  まるで円卓を囲む騎士の様に、事務所のテーブルに円を成して座る部下たちは、中央の上座に座る私に視線をよこす。  核心をついたのは、私の右腕でもある主任の守屋太一(もりやたいち)だった。  守屋の下には、中堅の木村祥子(きむらしょうこ)と、手嶋和矢(てしまかずや)、その下に新人の須賀奈緒美(すがなおみ)がいる。  私を含めたこの五人が、所謂“企画部の阿久根組”だ。 「本当よ。それがどうかした?」 「ココ姐さん、それデキレースじゃないっすか?」 「手嶋、やる前から弱音吐くんじゃない」 「でも、正直勝てる気がしないって言うか……」 「やってみなきゃわかんないでしょ? 木村」 「わ、私! 足手纏いにならないように、頑張りまっす!」 「良い心意気ね、須賀。空回りして、物壊さないでよ?」 「じゃあ、姐さんは勝つ気でこの仕事、やるんですね?」  いつも冷静で、希望的観測を許さない守屋が、私を追い詰める。  二言は許さない、とでも言いたそうな顔をしている。 「守屋、ピンチは?」 「チャンス」 「よく出来ました。この壁、全員で越えるわよ」  先輩からの受け売りを、さも自分の言葉の様に後輩へと告げる。  私は、ここでは出来る先輩、動じない上司、結果を出す“企画の阿久根組”の組長でなくてはならない。 「ターゲットはF1層」 「ここにいる私達女性は、全員ターゲットってことですね」 「男でも、悩んでいる人はいるだろうけど……」 「守屋、あんた肌荒れに悩んだことあんの?」  そう問い返した私に、守屋は言い辛そうに答える。 「まぁ、学生の時ですけど……結構、ニキビ酷かった方です」 「ココ姐さんは……ずっと悩んでますよね?」  そう切り込んで来た手嶋に、全員がバカと言いたそうに注目している。   「悩んでる……。うーん、どうだろ?」 「え? 悩んでないんですか?」  新卒で入社間もない須賀は、素直に目を見開いて私を見た。  ふっくらとした頬が愛らしい、これぞ女子と言った雰囲気を持っていながら、空気を読まないド天然な所がある。 「治ってもまた繰り返しだし、真剣に考えてる時間もなくて、なすがままって言うのが、正直な所かしら?」 「諦めてるって事ですか?」 「そう言われると、私が努力してないみたいじゃない、守屋」 「諦めてはないけど、それにばっかり構っていられない?」  ツメないと気が済まない守屋が、淡々と微調整してくる。 「あぁ、そう。そんな感じかしら?」 「でも、姐さんみたいな人、結構多いのかも……」  木村はそう言って、一人考え込んでいる。  少し年下だけど、二十代も後半になった木村には、思い当たることもあるのかもしれない。 「継続するって、難しいのよね。治っても、また年齢を重ねて違う悩みが出て来るし、この手の悩みは人それぞれだし、これいいよ、って言われたって、合う合わないもあるじゃない?」 「あぁ、分かります。自分が使って良かったからって、無理に勧められると、すっごい困る!」 「なるほど。木村の言う事も一理あるな」 「守屋さん、化粧品勧められたりするんですか?」 「いや、化粧品と言うか……何でもごり押しされたものって、受け入れにくいと言うか……」 「つまり、自分がやりたいと思わないと、難しい……?」  天然の須賀が、そう言って首を傾げた。  でも私はその言葉に、後ろ指を刺された様に、ドキッとさせられる。  やりたいか、やりたくないか、で言えばやりたくないのだ。  綺麗にはなりたいけど、勝負に負け続けていると面倒になってきて、もういいやって白旗上げた方が楽になれる。  頑張っても、綺麗になれる保証はどこにもない。  醜い自分と向き合うのは苦しいし、それをずっと続けることにも、意味を見出せなくなって、繁忙の彼方にそんな意欲は押し流されてしまう。  そして、たまに思い出して後悔する。 「そう考えると、ダイエットと一緒かも?」 「どういう事? 木村」 「姐さん実は私、昔今より十五キロ太ってて」  そこにいた全員が、木村の衝撃的発言に、言葉を失った。  木村はスレンダーだし、ジム通いしているのはチーム全員が周知しているので、イメージとしては健康的で、美意識も高い女性だ。  だから、まさかそんな過去があるとは誰も思いもよらなかった。 「前の会社にいる時ストレスで太って、それが理由で振られちゃって……。相手、同じ会社の同僚だったから、痩せて見返してから、転職してやりました!」 「よくやった、木村」  そう言えば、木村は途中入社だったな、と私は思い出した。  木村は、そのジムで出会った同じような悩みを持った男性と知り合って、今はその彼と一緒に暮らしているらしい。 「色々教えてくれるジムのトレーナーとか、一緒に頑張ってくれる彼がいなかったら、挫折してたかもしれない。肌荒れで悩む人も、同じかもしれないって……」 「木村の言う通り、目標があると頑張れるって言うのは、あるかもな」 「守屋さんは、一人でもコツコツやってそうですけどね。でも私、最近痩せた? って言われるのが、嬉しくて続いてたかも。頑張ってる自分に誰かが気付いてくれると、俄然やる気になれます!」  結局は、他人が認めてくれなければ、自尊心は満たされない。  自分で結果を感じていても、それに他人が気付いて、見つけてくれるのは、格別な威力がある。 「最近、キレイになった? ってこれ、キャッチフレーズに出来ないかな?」 「姐さん、良いですね、ソレ。そう言われたい、そう言わせたい、ユーザーの共通認識にもなりそうです」  珍しく手放しに認めた守屋の隣で、嬉々としたのは須賀だった。 「うわぁ! 原さんみたいなイケボに言われたら、キュンとしちゃうかも!」 「須賀、落ち着け。テーブル、ひっくり返るぞ」  勢いよく立ち上がった須賀を、守屋が冷静に処理する。 「じゃあ、媒体はCMの方が良いかも? 勿論、街頭ポスターも仕掛けるけど、声の方が記憶に残るかもね。他に、何かある?」 「あの……ココ姐さん」 「何? 手嶋」 「アニメとか、どうっすか?」  手嶋は、言い辛そうにそう言った。   「そんな自信なさげに言う発案に、イイネ! って言うと思う?」 「いやあのっ! 僕この前、電車の中からビルのLEDビジョンで流れてる企業のショートアニメ見たんす。別に興味ないけど、ずっと見ちゃったなって……」 「手嶋は何で、ソレをずっと見ちゃったの?」 「先が気になったって言うか……。へぇって、思って……」  興味ないけど、見ちゃった。  そう言った手嶋の言葉に、私は強く惹かれた気がした。  広告は人に気付かれて、初めて効果が発揮される。  人の視線を、人の意識を、人の記憶を、一斉に奪っていく。  まるで観客の視線を釘付けにする売れっ子女優のような、そんな広告を作りたくて、試行錯誤しているのだ。 「やろうか、ソレ」 「え?」 「手嶋のソレ、良いかもしんない。アニメって今、注目度高いし、二十代で六割、三十代でも五割の興味があると言われているわ」 「や、やった……やった! 僕、一度アニメ広告やってみたかったんす」 「頼りにしてるわよ、手嶋」  自分に置き換えてユーザーを捉える木村と、いつも動物的にアンテナを高く張っている手嶋、ド天然で死角から素直に飛び出してくる須賀。  そして重箱の隅を一人コツコツと埋める守屋。  その全員がいて、初めて私は仕事が出来る。  一人じゃないから、頑張れる。
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