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焼き鳥と、赤ワインと、ないものねだり
あの日も、土砂降りだった。
三十路の大台に乗った途端に、年下の彼氏に振られた。
「女として見れないんだよね」
じゃあ、五年も一緒にいたのはどういう了見なの。
私の口の端から漏れた言葉は、窓ガラスを叩く雨音にかき消された。
元カレが、明らかに年下らしき女の子を連れて歩いているのを見て、「当てつけか」と呟いたのは、一年前。
美肌も、若さも、女子力も、給料前の財布並みに持ち合わせてはいない。
いつか結婚する気になってくれるだろう、なんて緩くて甘い考えを、五年も続けた痛い私には、仕事しか残ってなかった。
「ぶちょう……」
私は、部長から手渡された資料に視線を落とした。
朝から飽きずに降り続ける淫雨のお陰で、部署内も陰りを帯びている。
「何だ?」
「……当てつけですか?」
「えっ?」
「大人ニキビに悩む女性へって、私に言ってます?」
「いや違うんだ、阿久根くんっ! これは、原くんが……」
「へぇ……じゃあ、原のモラハラってことです?」
「大手化粧品会社Kのコンペ参加権だ、文句あるか?」
企画部の入り口に、営業部のエースが立っている。
原一郎。同じ平成元年生まれ、同期入社のハイスペック男子は、今日も綺麗にアイロンの掛かったYシャツの袖をまくり、女子が好む引き締まった腕を惜しげもなく見せている。
「文句はない。が、お前に腹が立つ」
「何でだよっ?」
「どうせ私は、大人ニキビ絶賛増殖中のタイムリーな女だわ!」
「卑屈にキレんな、うっぜぇ!」
原とはいつも、こんな風だ。
社内で人気の敏腕営業マンである原が、いい仕事を取ってくると、私は歯痒くもあり、その仕事を素直に受けるのも癪に障る。
同僚として出来すぎな原が、自分を指名してくれるかどうか、試している所もある。
他の人が抜擢されたら落ち込む癖に、自分は必要とされているのか、いつも不安だ。
「この仕事は、お前にしか回せない」
原がそう言ってくれるのを、私は待っているのだ。
姉御肌で、気風が良い。
不安や迷いを見せない様に気を張っていたら、後輩達に“姐さん”と呼ばれる様になった。
本当は余裕がないだけだ。
いつも不安で、自信なんか更々ないが、後輩達にはそう見えているらしく、うちのチームは他部署で“企画の阿久根組”と呼ばれている。
「原、コンペ取れたら、焼き鳥ね」
「奢り?」
「お前のな」
去年、彼氏に振られてから寝る間を惜しんで仕事に没頭した。
いいタイミングで、先輩が寿退社することになり、チームの一つを任せて貰って半年が経つ。
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