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幼い頃は結構可愛かったし、土台はかなりの美人のような気がするが、やせこけていてみる影もない。
美しかった銀色の髪も、今は輝きを失いボサボサだ。
その姿を、ローズ王女はいつもブサイクな女と蔑んで呼ぶのだ。
「マトリカ様。お体の具合はいかがですか?」
「ありがとうアストラ。いつもどおりですよ」
マトリカは王の娘であるにも関わらず、王宮の中でもローズ王女とは明らかに差別的に扱われてきた。
王の実子である以上、第二王女のはずだが、世間にはそういう公表はされていない。
彼女があてがわれた部屋は、光が差し込まない地下の、みすぼらしい部屋。
普段はほとんど表に出してもらえず、部屋にこもるようにさせられている。
食事も質素で栄養価の低いものを、メニュー素材として指定されている。
はっきりと公言はされていないが、マトリカの母はどうやら娼婦らしいという噂を耳にしたことがある。
実母は既に亡くなっていて、ローズ王女の母である王妃は、マトリカを城から追い出すように国王に迫ったという。
しかし追い出すには忍びないと思った王はマトリカを城に置くことにした。
王妃はそれを認める交換条件として、マトリカには粗末な待遇をするように求めたらしい。
まああくまで、王宮の者たちが口にする噂話ではあるが。
「少しでも栄養が付くように、栄養価の高い食材を工夫してみました」
マトリカの食事は王から素材や量を指定されている。
だから大したことはできないが、少しでもと思いながら工夫している。
しかしなかなかマトリカは健康にならない。
光が当たらない部屋で一日のほとんどを過ごしていることもあるのだろう。
「美味しい……」
スープを口にしたマトリカは、噛み締めるように言った。
「アストラはホントに料理が上手ですね」
「いえいえマトリカ様。僕の料理なんて、いつもローズ王女には下手くそだと、けちょんけちょんに言われてます」
俺が苦笑いを向けると、マトリカはふふっと笑みをこぼした。
「ローズはきっと味がわからないのでしょうね。アストラは料理だけでなくて、掃除も裁縫も早くて上手だし、ホントに優秀な召使いさんだわ」
あれもこれも、ローズ王女には下手くその能無しだと言われてる。
俺を気遣ってくれるマトリカは、なんて優しいんだろう。
「それに……」
「それに?」
「アストラって可愛い顔をしてるし、見てると癒されます」
「えっ……?」
みんなから醜いと言われてる見た目を褒められるのは、さすがに照れる。
「あら、ごめんなさい。私ったら……恥ずかしい」
マトリカは頬を赤らめて、もじもじしてる。
そんな姿を見てると、俺も恥ずかしくて仕方がない。
「あ、あ、あ……また何かあったら、いつでも声をかけてくださいね!」
「あっ、ちょっと待ってくださいアストラ」
慌てて部屋を出ようとした俺を、マトリカが呼び止める。
「アストラのおかげで、私は毎日生きていけるって思ってます。だからコレ。感謝の気持ち……」
マトリカは布で編んだ手首飾りを、俺の手首に巻いてくれた。
痩せた白いマトリカの手が印象的だ。
俺の安全と幸福を祈って作ってくれた御守りらしい。
「私の名前によく似た、マトリカリアって花を織り込んであるのです」
マトリカリアという花は小さくて、花束を作るときも決して主役にはならない。
脇役の花ってことで、マトリカはまるで自分のようだと言いながら微笑んだ。
俺はなんと返したらいいかわからなくて、笑顔だけ返してマトリカの部屋を出た。
──翌日。
「アストラーっ! アストラはどこーっ!? すぐに来なさいっ!!」
ローズ王女が俺の名前を呼んでいる。
すぐに王女の元に走った。
ローズ王女は広間にいた。
大勢の召使いや、なぜか数人の衛兵までいる。
そしてローズ王女の目の前には、ガタイのでかい鎧姿の二人の衛兵に、両脇をつかまれたマトリカがいた。
ローズ王女はマトリカを、汚いものを見るような目で睨んでいる。
「マトリカ様っ! どうされたのですか!?」
マトリカは助けを請うような、泣きそうな顔で俺を見た。
いったい何が起きたのか?
まったく訳がわからない。
「マトリカは、私の召使いを誘惑しようとした罪で、厳罰に処することにしました」
「えっ……?」
「アストラ。あなたの主は誰?」
「それは……もちろんローズ王女様でございます」
「そうよね。あなたは私の召使い。その、王女の召使いであるアストラを、このマトリカは誘惑しようとした。王女の従者を横から奪おうとするなんて、厳罰に値する罪よね?」
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