短編

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「アストラーっ! アストラはどこーっ!?」  ローズ王女が外出先から居城に帰って来られた。  召使いである俺の名前を呼んでいる。  すぐに王女の元に走った。 「王女様。アストラはここに」 「何をぐずぐずしてるの? 私が帰ってきたら、ちゃんとお出迎えをしなきゃだめでしょっ!」 「はい、申し訳ございません」  わが国の絶対権力者、フラワー王家。  その王女であり、王位継承第一順位のローズ・フラワー王女の言うことは絶対である。  しかしそうは言われても、俺には王女から仰せつかった仕事が山ほどある。  掃除、料理、裁縫など家事全般。  ローズ王女の好みの料理を作るために、動物の狩りと植物の採取。  あげくの果てには王女の誘拐や暗殺を狙う不届き者を警戒し、未然に捕らえ、撃退するボディーガード仕事まで。  ただしこれは隠密行動なので、王宮の誰も知らないことだが。  王女が気づいていること、気づいていないことを含め、俺には膨大な量の仕事がある。  俺以外にも暇そうな召使いが山ほどいるのだから、その者にも頼めばいいのに。  事実、今も王女のご帰城を何人もの召使いが出迎え、周りで俺と王女のやり取りを見ている。 「私が外から帰ってきたら、まずは何をするの!?」  ローズ王女はそう言いながら、煌びやかな彫刻に彩られた椅子に腰をかけ、両手両足を俺の方に伸ばした。 「はい、王女様」  俺は適度な温度のお湯で湿らせた布を取り出し、王女の両手、そして靴を脱いだ足先までを清めて差し上げる。  熱すぎず、冷たすぎず。  この布は、王女が最も好む温度に調整してあるのだ。 「あふ……」  王女は気持ち良さそうに恍惚の表情を浮かべ、俺が王女の手足を拭くのに任せている。 「終わりました、王女様」 「えっ……? もう……終わり?」 「はい、王女様」  王女は惚けたような顔をしていたが、急にきゅっと表情を引き締めて立ち上がった。 「アストラ。醜くて無能なあなただけど、私はそんなあなたを見限りもせずに、飼い続けてあげているのよ。それはわかってるわね?」  ローズ王女は、いつも俺のことを醜くて無能だと(さげす)む。  確かに王女はとても整った顔をしていてかなりの美人だ。  しかし唇を歪めて人を見下すような目つきは、どうしても美しいとは言い難い。  本当の美しさとは、見た目が整っていることだけではないはずだ。  ──なんて俺は思っているけど、自分がイケメンでないことは確かなので、言い返すことなんかできない。 「はい、王女様。重々承知しております」 「わかってるなら、次はもっと早く私の前に現われることね」  俺はいつも多忙だが。  だけど王女に呼ばれれば、いつも1分以内には目の前に姿を現している。  それでもご不満と仰るのか──この我がまま王女様は。 「はい、申し訳ございません。次からは気をつけます」  俺が腰を折って王女に詫びをすると、周りにいた他の召使達が口々に俺に言葉を飛ばしてきた。 「そうだぞアストラ! 醜くて無能なお前が、慈悲深い王女様のおかげで王宮にいられるんだ。もっと感謝して働け!」 「お前みたいなブ男は、ホントなら王女様に接見することすら許されないんだ! ああ、なんとローズ王女はお優しいんだ!」  いちいち醜いだとかブ男だとか言わないでほしい。  その度にへこむじゃないか。  王女の両親、つまり国王と王妃も、超イケメンと美女のカップルだ。  そのせいなのか、この国では見た目の美醜がとても重視される。  もちろんそれがすべてではないにしても、この国では美醜により人の評価が大きく変わることは確かだ。  事実、国王や王妃、王女の回りはイケメンと美女だけで固められている。  イケメンではない俺が、本来ならば王女様に接見すら許されないというのも、決して大げさな話ではないのだ。  だからイケメンでもない俺が、なぜ王女直轄の召使いでいるのか、それは俺も不思議に思ってはいる。  ただ……俺自身はイケメンではないことは確かだが、そんなに醜いとも思っていない。  けれどローズ王女は、昔から俺のことを醜いと言って、いつも蔑んでこられた。  王女はそれを周りの者達にも言いふらし、他のみんなにも『醜い無能なアストラ』と呼ぶように強要しているのだ。  俺は周りの者達の中傷は聞こえないふりをして、その場を立ち去った。 「失礼します、マトリカ様。お食事をお持ちしました」  ローズ王女の妹、マトリカの部屋に夕食を運ぶと、彼女はみすぼらしいベッドに身体を横たえていた。    マトリカは「よいしょ」とかわいい声を出して起き上がる。  彼女はローズ王女の腹違いの妹。
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