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卒業式の前日。あの日も、今日と同じように急な通り雨が降って、一緒に帰っていたわけでもない私たちは、偶然ここで落ち合った。
何かに引き寄せられたような、そんな印象だったと記憶している。
◇◇
「もう、やだぁ! 全部びしょ濡れ」
ふたつに下げた編み込み、膝丈のセーラー服や背中のリュックも、突然降ってきた空の涙によってひどく濡れていた。
小さなタオルハンカチでは、水滴を拭うのに役目不足。
明日は卒業式なのに、ついてない。
そんな思いを一瞬にして吹き消したのは、まだ降り続く雨の中、小走りで待合小屋に入って来た彼、
ーー佐伯新の存在だった。
さらさらと風になびく印象の髪は所々くっついているのに、雨に濡れた烏の羽のような、しっとりと艶のある黒色は綺麗なまま。
眉を潜めて空を見上げる仕草さえ、私の目には爽やかに映る。
ようやく、隣にいるのが私と気付いたようで、佐伯くんは「あっ」として小さく口を開いた。
「すごい通り雨だね」
「そうだね」
一瞬だけ合った視線を、私は故意に逸らす。
何秒も合わせていられるほど、頑丈な心臓じゃない。頬だって、ほんの数分前とは比べものにならないくらい赤く熱を帯びている。
「赤根さんって、帰り道こっちだった?」
「ううん、今日はお婆ちゃんの家に寄ることになってて」
仕事の都合で両親が夜遅くなるため、同じ町内の反対側に住む祖母の家へ向かう途中だった。
「そっか」と彼の一言で、会話は終わる。
ひとり分空いた席が関係を表しているように、対照的な私たちは学校でほとんど話したことがなかった。
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