花時雨《はなしぐれ》

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「俺も卒業したくないなぁ。なんか、寂しいよね」  彼の一言が胸に染み込んで、体の中を循環(じゅんかん)していく。まるで、自分だけに向けられた魔法の言葉みたいに。 「うん」  そう答えるので精一杯な小心者なのに、少し気持ちが大きくなったりする。  今なら告白出来るかもしれない、なんて。  でも、神様は意地悪で、臆病な私にそんな勇気をくれたりはしない。 「あのさ、赤根(あかね)さん……て……」  言いかけた言葉が止まったのは、きっと、空からの雫が途切れたから。  佐伯くんの目は、澄み渡る青を静かに見据えていた。 「……雨、止んだね」 「そうだね」  もう、帰らないといけないんだ。  ここにいる理由は消えてしまった。  話の続きを聞きたくても、自分から切り出すことが出来なかった。 「なんだった?」のたった一言が(のど)の奥に引っかかって、(つば)を飲み込む(たび)に胸へ胸へと落ちていく。  リュックを手にした佐伯くんがゆっくり立ち上がる姿を見て、初めて寂しい気持ちになった。  ああ、行ってしまう。  早く私も帰らなければ、不自然に思われる。 「……じゃあ、また明日」  名残惜(なごりお)しそうな声色で告げられる言葉。 「……うん、またね」  心に(そむ)いて答えた私の唇。  まだ道は続いているのに、私たちは別れを口にした。方向は同じだけど、一緒に帰る理由が見つからなかったから。  ただ、それだけのこと。
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