ここだけの昭和世間話『リュックを背負った犬』

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 少し昔のこと…大阪で万国博が開かれていた時、僕の家には人の言葉を話す犬がいた。犬の名前は次郎。夏祭りの日に、母親が神社の境内で見つけ、連れ帰った犬だった。僕が小学校で次郎のことを自慢すると、みんなが 「会いたい!! 」  と言うので、こんどの大阪の万国博の遠足に連れて行くことになった。  遠足の当日、先生に見つかるとしかられるので、僕はリュックサックに次郎を入れて、観光バスに乗った。しばらくすると担任の先生が 『グウーグウー』  と、居眠りを始めたので、リュックから次郎を出し、約束通り、みんなに紹介した。 「やあやあ、おのおのがた、ご機嫌いかがでござるか。其れがしは言葉を話す犬でござる」  と、まるで大道芸人のように挨拶する次郎に、みんな、びっくり仰天した。そのあと調子にのった次郎は、 「さーて、さーて、ご覧くだされ! 世紀の鍵あけ名人でござる! 取り出したるは一本の針金。この針金をくわえ、どんな鍵でも、あけてしんぜよう!」    と、どこで用意していたのか、南京錠をいくつも取り出し、針金を器用にくわえ、次々に開けていく、鍵開けの妙技を披露した。おかげで次郎は、たちまちクラスの人気者になった。  万国博の会場につくと、クラスは6名ずつの班に分かれての行動した。僕の班は、全員が月の石が見たかったので、真っ先にアメリカ館に走って行った。アメリカ館に着くと、それはもう、すごい人、人、人の数で、アメリカ館の周りを、ぐるぐると何重にも人が並んでいた。そのため、僕たちは列の一番後ろを、探し探して、やっとたどり着き、その場に座り込んでしまった。  すると、班長のツトム君が全員そろっているのを確認するため、点呼を始めた。 「1,2,3,4,5…あれ、1,2,3,4,5。うーん、おかしいな?」  と、首をかしげるツトム君に僕は尋ねた。 「どうしたの?」 「いや、いくら数えても1人たりない…だけど、誰が足りないのか分からない。いったい誰がいないんだろう? 」  そういうツトム君の言葉に、僕たちは顔を見合わせ、それぞれ、数え始めた。 「1,2,3,4,5…うん? 1、2、3、4、5…確かに何度数えても、1人足りない。でも、いったい誰がいないんだろう? 」  と、僕たちが話していると、リュックから次郎が顔を出した。 「拙者は知っているでござる」 「え、ほんと?」 「さよう。あの、目立たないけど、強烈な足のにおいを持った童<<わらべ>>、忘れようにも忘れられないでござる」 「いったい、だれなんだ?」 「たしか、名は、そう、影井雨水<<かげいうすい>>であった」 「あ! そうか、影井雨水か!」 「そういえばいたな、そんなヤツ!」  次郎のおかげで、僕たちは初めて影井雨水のことを思い出し、順番取りと捜索に分かれるためジャンケンした。そして、僕を含め3人のメンバーで影井雨水を探しに迷子センターへと向かった。すると突然、一人が大きなスクリーンを指さして叫んだ。 「影井! テレビに出ているぞ!」 「え? どこどこ?」 「ほら、あそこ…あのテレビ!」  僕たちが指さす方向に目をやると、大きなテレビスクリーンに、迷子のお知らせとして、影井雨水が恥ずかしそうに映っていた。 「ほんとだ、いたいた!」 『影井雨水の奴、意外に目立っているな…』と、みんな、思った。  さて、影井雨水を迎えに行ったあと、無事にアメリカ館の月の石を見学した僕たちは遠くから聞こえる歓声に誘われて、お祭り広場に向かった。お祭り広場では、ちょうどロボットのデクとデメのショーの最中で、スモークに七色の光が輝いていた。 「きれいだな…」  僕たちがショーに見とれていると、急に次郎がリュックから飛び出し、ロボットに向かって吠えだした。 「ワンワンワンワンワン! 」 「おい、次郎、どうしたんだ! 静かにしろ!」 「俺はロボットは大嫌いだ。こいつらのせいで俺はひどいめにあったんだからな! ウー、ワン! 」  会場を大騒ぎとなった。係員が来て、次郎を捕まえようと追いかけ回し、係員に追いかけられた次郎は、なんと僕の胸に飛び込んできた。次郎の後から血相を変えた係員が僕の方に向かって来る。 『やばい! 』  と、僕は次郎を抱えながら、急いで太陽の塔に逃げた。。 ――カンカンカンカン――  僕は太陽の塔の階段を一生懸命のぼった。階段をのぼりきると、そこは行き止まりだった。しかし、天井には屋上に通じる蓋があり、壁には足かけがついていた。 「よし! 」  僕は足かけを使って、急いで上って行った…だが、天井の蓋には鍵かかかっていて、開けることができない。すると、僕の腕の中の次郎が言った。 「俺に任せな! 」 『そうだった、次郎は鍵開けの名人だ! 』  針金をくわえると次郎は、やすやすと鍵をあけた。僕は重い蓋を開き、急いで上にのぼると蓋を閉め、上からもう一度、蓋に鍵をかけた。 『もう、これで誰も上がってはこれない…』  と、ほっとして周りを見渡した時、初めて、そこが太陽の塔の目の部分だと気がついた。 ――ドンドンドン――  係員が激しく,ドアをたたく音が響いた。すると次郎が大声で叫んだ! 「俺たちは、自由のためにここは占拠した。これは革命だ! 」 「おい次郎、何を言い出すんだ、よけいに騒ぎがおおきくなるじゃないか」 「おもしろくない人の世、いや犬の世をおもしろくするためさ…」 「おいおい」 ――ウーウーウーウーウ…―― パトカーが次々やってきて、そのうちヘリコプターも太陽の塔の上空を回り始めた。 ――パタパタパタパタ…――  テレビ局の車もドンドン集まった。 「臨時ニュースをお知らせします。大阪万国博覧会会場の太陽の塔が、犬を連れた少年によって占拠されました。現場には少年の母親に来てもらっています。お母さん、いったい息子さんはどうしたんですか」 「うちの子が、こんな大それた事をするなんて…おいおい」 「あれ? テレビ局の中継車の横にいる女性、お前の母親じゃないか? ハンカチを目に当てて、泣いているようだぜ! 」 「本当だ、お母さんだ…ああ、困ったな、叱られるよ…どうしよう」 「まあ、あきらめるだな」 「おまえはいいよ、犬だから、何の責任も取る必要がないからね! 」 「じゃあ、お前も犬になったら? 」 「なれるものなら、なりたいよ! 」 「本当か!! じゃあ、その望みをかなえてやるぜ! 」  と、言うが早いか、次郎は僕に飛びかかり、僕の鼻に次郎の黒い鼻を近づけてきた。そして、僕の鼻と次郎の鼻が触れた瞬間、僕がリュックを背負ったまま犬になり、次郎が僕になってしまった。 「望みどうり、犬にしてやったぜ」 『おい、嘘だろう! 次郎、元に戻してくれよ』  と、僕は大声を出したが、まだ犬になりたてのため、 「ワンワン! ワン! 」  と、吠えるだけだった。 すると、次郎は僕のリュックから鎖を出して、僕を柵につないだ。 「悪く思うな、俺も同じようなめにあって、犬になったんだからな」 『え、次郎が? 』 「俺は鍵を作る工場に努めていた。家が貧しかったので高卒で働いた。安い給料だったけど、いくつかの資格をとれば給料も上がるって言われたので、大学の夜間にも通って勉強もした。夜間の大学にも文化クラブが沢山あったので、高校時代、演劇部だった俺は狂言クラブに入って楽しい学生生活を過ごしていた…なのに、会社は合理化のため産業ロボットを導入し、俺たち工員はみんな首にした。収入の道が途絶え、大学の授業料もどころか、生活もままならない日々に途方に暮れた俺は、あの日、公園のベンチにずっと座っていた。気がつくと、俺の足元に子イヌがまとわりついて尻尾をふってきた。そのかわいい仕草に気を許した俺は、犬に言ってしまったんだ… 「おまえはいいよな…犬で。俺も犬になりたいや」  すると子イヌが急に 「その願い、かなえやろう! 」  と、しゃべりだしたんだ! あとは、おなじさ…犬の鼻と俺の鼻が触れた瞬間、俺は犬になってしまった。あれ以来、俺はずっと人間にもどる機会を、ずっと待っていたんだ…これでやりなおせる。悪いけど、それじゃあ…な」 『おい、待ってくれ! 待ってくれ! 」  僕は一生懸命叫んだが、まだ犬になりたてだったので、 「ワンワンワン! 」  と吠えるだけだった…そのうち、係員によって蓋があけられ、僕になりすました次郎が連れて行かれた。そして、僕といえば、首を係員につかまれ、博覧会の外に放り出されてしまった。  あれ以来、僕はずっとリュックを背負ったまま、大阪の町を彷徨っていた…自分の身代わりを探して…。  と言うことだ。長かった…やっと人間に戻れた。 ――ワンワンワン…――  大丈夫、そのうち話せるようになるさ……それじゃ、元気でな! ――ワンワンワン…――
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