果ての庭

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   二人と一匹は、一匹の方が神域にいたくないと駄々を捏ねたこともあり、場所を移動して近くの公園に来ていた。  怪異に襲われやしないか、と聞くとましろがいるから平気、と少女が答えたので、とりあえず少年はそれを信じることにした。   「ええと、助けてくれてありがとうございました。ええと、僕は拓馬霞。呪いをといてもらいにきました」    冒頭怪異に追いかけられていた少年が自己紹介をすると、少女もそれに従った。   「かすみくんね。うちは小夜。ここに住んどるってだけの一般人。それで___」  言いながら小夜は影の中にずぷりと手を突っ込んだ。ぎゃっと悲鳴を上げて、真っ黒な猫が中から引き摺り出された。 「ましろはいいだろ、べつに!」  「この子はましろ。うちの影の中に住んどる猫の怪異」    怪異を食べないと生きてけんらしくて、うちの体を依代にしてああやってこう、捕食しとるん。    ああなるほど、先程の姿はドッキング率を上げるためか。と霞は口に出さずに納得した。意識的に取り憑く必要があるならイートミー状態にならねばならない理由もわかる。うんうん。      「うちがこの街で生き残るためにもましろは必要なんよ。だって__ここは蠅庭。日本国から一時乖離された危険区域。今現在、世界で最も怪異が蔓延っとるゴーストタウン」  神の堕ちた街、蠅庭。  小夜はそう言って笑った。自嘲するように。  ここが日本から隔離された理由。せれは怪異を斥けていた土地神が、ある日を境に姿を消したことだ。理由は不明。  残された僅かな神域のみでは怪異の侵食を食い止めることなど不可能で、たちまち住人はいなくなった。代わりに住処をなくした怪異が集う文字通りのゴーストタウンと化した。  霞にとってはそんなの承知の上だったらしく、平然とはい、と相槌を打った。   「知ってます。噂を聞いてやってきました」 「噂?」 「蠅庭には古今東西の怪異が、妖怪がいる。その中には、恨みや呪いを食べる怪異もいるって聞いたんです。寿命と引き換えに財を成してくれるのもいたって聞いたんですけど、そっちは興味なかったんで」  そう。ここ蠅庭には様々な怪異悪霊妖怪邪神……というより犬神みたいな負のオーラの神、が市街地よりかは遥かに存在する。人里を追われたものの中には、倫理観さえなければ有益な奴らも勢揃いだ。    さて、怪異を食べる怪異。確かに存在するが、ここに来なければいけないほどの____化け物に化け物をぶつけなければ解けないほどの呪いって。 「あー…まあ、おるねえ、呪いや怪異やを食べる怪異は、確かに」 「本当ですか?よかった、無駄足じゃなくって」 「ちなみに、どんな呪いを?」  「人魚の呪いです」  人魚。それを聞いて小夜はへえ、と思わず声をあげた。かなりメジャーな部類だが、実例は少ない。  確か呪いの発動条件も「人魚の肉を食べる」というかなり厳しめの行為だったはず。なにがあってこんな呪いを、この少年はかけられたというのだろう。     「これまた珍しい。妖怪からの呪いとなれば…ああ、不老不死なら再生もするか。納得したわ」  「あ、いえ、ちょっと違うんですけど」 「うん?」    霞は頰を掻きながら、照れ臭そうにして、   「僕、学生の頃に人魚に求愛されちゃって。一応断ったんですけど、知らない間に肉片を囓らされてたみたいで一悶着あって」 「待って待って待って、濃い。お天気ですねって感覚で言うことやないですよねそれは」    平然と爆弾発言をかました。    小夜が目に見えて焦る姿は見えているようだが、それについて本人はなんら気にしていないらしく、蛇口をひねったように話は止まらない。   「もーそれからが大変で。その頃はまだ名の知れた妖怪とか、ちゃんと自我を持った怪異の類と歩み寄って仲良くしてこうーって雰囲気ではあったんですけど、結婚とかはやっぱり別問題ですよ。 というかその頃まだ16ですよ16!人間同士でだって考えたことなかったのに、いきなりそんなこと言われてもって感じでしたね」 「え、あの、そうなんやね」    だいぶ鬱憤がたまっていたのだろう。霞はマシンガントークで話し出した。     「…まあ法が許さないよって事で宥めようとしたんですけど逆上されて、人魚さんの方も自我がなくなって怪異に落ちて、一生そのままの姿になっちゃえーって呪われまして。 普通の人魚の呪いなら不老不死程度で済むんですけど、僕がかかったのは不変の呪いなんです」 「なんやそれ」 「そのままの意味ですよ。呪われた人間が一生そのままの姿で変わることなく、他の人間と添い遂げないようにするためとか。  はたまた次会った時殺すっていう目印だとか、説はいろいろありますよ」 「女の子のうらみかあ、恐ろし。具体的には?」 「まあ基本的には呪われたその日の僕を繰り返してるって感じなんです。髪を切っても服を着替えても寝て起きたらあの日の格好に…!?って感じで、若い頃はめちゃくちゃ不便でしたね。馴れたらそんなでもないですけど」  割と軽めに波乱な過去を話してくれた霞は、言いたいことを全部言い切ったらしく満足顔でニコニコ笑っている。 「不変のスイッチは夜らしくて。昼にどんだけ怪我しても夜には戻るし、夜の間は半ば僕も怪異みたいなもんなんで、再生してくれるんです」 「ふうん………というか、学生の時っておっしゃいましたけど、今幾つなんです?」 「呪われてからかれこれ12年くらい経つんで……あ、でもまだ今年で28ですね」 「制服着るにはキツイんと違うかな」 「着ちゃうんですよ」 「着ちゃうんや」 「不変なんで」 「若い頃のあんさんがイケメンさんでよかったなあ」  しかし、そう、人魚。それも変異した呪いね。    ぶつぶつと仕切りに何か呟く小夜は、やがて考えを纏めると、霞にこう切り出した。     「手え組まん?うちはあんたのその呪いが欲しい」 「へ?」  まあ聞いて。と小夜はましろをもう一度引き摺り出して、かすみの目の前に突き出す。 「君が聞いた噂の怪異は、多分このましろのことやと思う。 さっきも見た通り、ましろは穢れを喰う怪異。理論上は君の呪いも食べて消すことができる」 「え、それじゃあ……!!」 「ただし、力が足りん。妖怪として認知されてるほど格上の相手を食べるのは、物理的に無理。今のままのましろにそんな力はない。 せいぜい後…何匹かはわからんけど、さっきの奴らみたいなのを100も食べるか、妖怪のひとりやふたり殺して食べるかすれば、ようやく君を食べれると思う」    聞くところによれば、ましろはもともと真っ白な猫だったらしいのだけど、どうにも神様に喧嘩を売ってこんな真っ黒になったらしい。…ん?いや、まさかね。  とにかく神の怒りを買ったましろは、汚れ穢れを寄せ付けぬ白を真っ黒に染められ力を濁らされ、影の中でしか住むこともできない同族喰らいにされたのだと言う。神の怒り怖い。   「それは気の毒な…ってうわ」 「そうだ!」    ましろはにゅるんと小夜の手から逃げ出すと、霞の膝の上にぴょいと飛び乗ってふんぞり帰った。ちなみに霞は猫派だ。嬉しい。   「ましろ、なんにも悪くない!なのにこんな姿にされたんだ、そのせいでご主人のところに帰っても、ご主人はましろってわかってくれなかった!  ましろはこいつらをいっぱい食べて強くなって、いつかカミサマを殺してやるんだ」 「殺…?殺すの…???」 「殺す前にまっしろを返してもらわなあかんのとちゃうの」 「そうだった!」    殺伐としながらも漫才のようなやりとりの後、咳払いをして小夜は続けた。   「というわけで、ましろは呪いも妬みも何でも食べる。呪いだってそう。そんで、食べたら食べた分だけ力を強くできる。  君の呪いもどうにかして食べれたら__ましろは影から出れるかもしれん」 「それって、小夜さんにメリットは?」  「え、ありまくるよ」    そういや言ってなかったな、と小夜は思い出したかのように言った。   「うちはこの子に取り憑かれとる限り、ましろの呪いも共有しとる。ましろが神を殺すまで、もしくは呪いを解くまで、この街から外には出られん」 「ましろが自立できたらさよも自由になれるんだな」 「うん。君のデメリットはましろのメリット。ましろのメリットはうちのメリット、最強のジャンケンの出来上がりや」  「ジャイアニズムみたいなこと言いますね」 「そうなん?でも、これはうちの願いでもあり、ましろの願いでもある。そして霞、君の願いでも」  小夜はすっくと立ち上がると、霞に向かって手を差し伸べた。 「これはまだ、お願いでしかないわけやけど。  うちらもできるだけ早く霞の呪いを解くために強くなるから、その不変の力で__うちらを強くしてほしい。対価はさっきの通り、きみの呪いの除去」    協力してくれるなら、手を。    月の光を背にした彼女の顔は、よく見えなかった。もし立ち上がって彼女と同じ高さまで来たら見えるだろうけど。    …不変の能力、もうちょっと俗物的に言えば再生能力。…まあ要するに、再利用可能で安全な撒き餌である。まあ、だからといって逆らう必要もない。    霞は迷うことなく立ち上がり、小夜の手をとった。     「………わかりました。これからよろしくお願いします。小夜さんと、ましろ」  はっきりと小夜の顔を見据えて、霞はそう言い切った。 「……うん、こちらこそよろしくな、霞」 「こちらこ、そ…?」 ふと、霞の足に鋭い痛みが走ったが、再生能力のせいかすぐ消えた。   「……?」    なぜかちくちく続く痛みに目線を下に向けると、影の中からはまた口のついた尻尾が出てきて___僕の足をかじっていた。 「ましろさん???えっあのましろ?」 「なんで、ましろは、呼び捨てなの!」 「いだっ止めてかじらないで」 「……?あっやめえましろ!こら!!」      誰もいない街の中、ぎゃあぎゃあと騒ぐ呪われた人間と人外は、どちらもこの町で一番人間らしかった。      この日、何の因果かどちらも制服姿で呪われた少年少女は、蠅の蔓延る庭で手を組んだ。  これは、神を殺すまでの、各々のエゴのお話。 
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