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それから数日の後、昼安の出来事だった。
守が会社近くの公園でベンチに座って休憩をしていると、近寄ってくる人物がいた。
「高坂君?」
「はい?」
何なんだ、とうっとおしそうに顔を上げた守は、ひょろりとした初老の男を認識するや否や、飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がった。
「せ……専務?」
「まあまあ、そう畏まらなくていい」
そう言いながら、専務である上泉は守が座っていた一の隣に腰を下ろした。そして、守にも座るように促す。ぎくしゃくとした動きで守はベンチに浅く腰かけた。
「森本君に随分絞られていたようだね」
「あ、あれは……」
「何、別に君に説教する気は無いんだ。そうでは無くて、ちょっとした気分転換にお誘いをしようかと思ってね」
「き……気分転換?」
あなたが隣にいる限り、それは無理です。
もちろんそんなことは言わないが。
「幸い私は独身ですが、夜の店はその……」
あまり経験が無く、行きたいと思ったこともない。
そう告げようとした途端、上泉は大声で笑いだした。
「心配しなくていい。そういうお誘いじゃないからねぇ。まあ、君が僕をどういう目で見ているかはよく分かったよ」
「え、あ、いや……」
「はっはっは。冗談だよ」
笑う上泉の隣で守は冷や汗が止まらなかった。
こういうところだ。こういうところを気を付けないから、ミスも減らないのだ。
穴があったら入りたい、とはまさに今の守の状態そのものだった。
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