お誘い

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 事務所に戻ると、楓はすでに休憩を終えてせっせと仕事に励んでいた。  その横顔を思わず見つめてしまう。不意に、楓の視線が守の方に向けられた。 「どうしたの? 私の顔に何かついている?」 「え、あ、いや……」  見つめていた事がばれてしまったことが恥ずかしくて、思わず口籠ってしまう。それを見て、楓は首を傾げながらクスクス笑った。 「変な高坂君ねぇ」 「あ、あの……実はさっき、専務に……」  専務、という単語を出した途端、楓の笑い声はぴたりと止まった。 「もう話があったの?」 「もう?」 「だって、ついさっき、メッセージで提案したところよ」  行動が早いわねぇ、と楓は感心していた。  楓と上泉が思った以上に親密であるらしいことに守は驚いていた。 「ひょっとして、迷惑だった?」 「あ、いやいや、そんな事は。けど何で……」 「相応しい、と思ったからよ。それだけ」 「で……でも……」 「そんな畏まらなくて良いの。気軽な会なんだから。リラックスして参加すれば良いのよ。でなきゃ、せっかくのご馳走が美味しさ半減になっちゃうわよ」  どうせ専務が支払ってくれるんだから、とあっけらかんという楓。しかし、ご馳走という言葉は守の緊張感をまたもや高まらせた。 「ご馳走……ですか」 「ええ、飛び切りのね」  そう言った楓の笑みはとても艶やかで、守は背筋が思わずぞくりとした。  その笑みが、逆に何を食べさせられるのだろうという不安を掻き立てる。  気が進まないのはそれだけが理由ではない。この会に一度でも参加すれば、上泉と仲のいい社員という立場になるのであろうことは容易に想像がついた。 「……この会社って、派閥争いみたいなのって……」 「やあねぇ。こんな小さい会社にそんなものあるわけないでしょ」  即座に否定され、守はやや気恥ずかしい思いをした。 「無理強いはしないわよ。ただ、私はあなたが来てくれたらすごく嬉しいわね」 「か、考えさせてください」 「ええ、ゆっくりと考えてね。私達は待っているわ」  そう締め括り、楓は再びディスプレイの方へ眼を戻した。  守もいつまでも手を止めているわけにもいかず、話はそこまでとなった。
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