Ⅰ 初陣の軍船

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Ⅰ 初陣の軍船

 聖暦1580年代末春。エルドラニア王国東部・港湾都市バルカーノ沖……。 「――すばらしい! この速さ! この火力! そして、この白金に輝く美しい船体と羊角の女神像! まさに我ら白金の羊角騎士団の、羊角騎士団による、羊角騎士団のための軍船です!」  見開かれた大きな一つ眼より放射状に降り注ぐ光――即ちプロフェシア教の象徴(シンボル)たる〝神の眼差し〟と、それを左右から挟み込む二本の羊の巻き角……。  その騎士団の紋章を描いた二枚の横帆と一枚のラテンセイル(※三角帆)に海風をめいっぱい孕み、快速で穏やかなミッディラ海をゆく新造船の上甲板で、伝統ある〝白金の羊角騎士団〟の副団長アウグスト・デ・イオルコはよく晴れた蒼天を仰ぎながら、目に見えて興奮気味に歓喜の声をあげていた。  彼の乗る〝羊の巻角を生やした金色の女神〟の船首像(フィギュアヘッド)をいただく真新しいエルドラニアの軍船――〝アルゴナウタイ号〟は、中型で背の低い船体内に二層の砲列甲板(※大砲の並んだ甲板)を有し、表面を銀色に輝く装甲板で覆った火力・防御力ともに優れるフリゲート艦であり、また、遠洋航海に向いた横帆二枚と逆風でも進めるラテンセイル一枚の三本マストを持つ、海賊討伐を念頭においた快速艇でもある。 「さすがは軍事都市ティーヴァー随一の船大工と称されるアルゴナス・プリウスソス殿の手による船……見事な出来だな。無理を言って設計に入れてもらった装甲板と、船首の兵装〝アイエテスの牛〟に〝カドモスの龍牙〟も俺の理想通りだ」  昂揚するアウグストの背後で、フォアマスト(※一番先頭のマスト)の前に立つ羊角騎士団の団長ドン・ハーソン・デ・テッサリオも、自分達の船の出来にいたく満足いっている様子で端正な顔の口元を綻ばせている。  団長のハーソンも、そして副団長のアウグストも、その身には当世風のキュイラッサー・アーマー(※胴・上腕・太腿のみを覆う対銃弾用の分厚い鎧)を着込み、その上に羊角騎士団の紋章が描かれた純白の陣羽織(サーコート)とマントを纏っている。 「ああ! 俺を迎えに来た時に見た〝ドラッカー(※ドラゴン船)〟を参考にしたんすね。いやあ、こんないい船の舵がとれるなんて、ほんと、騎士団に誘っていただいたことに大感謝でさあ」  また、その傍らで操舵輪を握る、わざわざハーソンがスカウトした北方の海賊〝ヴィッキンガー〟の末裔で操舵手のティヴィアス・ヴィオディーンも、兜こそ牛角の生えた北海異民族風であるものの、服装はやはり同様の当世風甲冑に純白の陣羽織(サーコート)だ。 「わたしも団長の御指示どおり、魔導書『ソロモン王の鍵』にある武運長久の火星第四、防御力を高める火星第六、移動速度を上げる太陽第五のペンタクル(※魔術的印章を刻んだ円盤)を設置し、それから賊の討伐の助けになるソロモン王の悪魔序列70番・願いの貴公子セエレと72番・正義の伯爵アンドロマリウス、要塞化させる序列43番堕落の侯爵サブノックの力を宿しました。でも、こればかりは実際に運用してみないと成果はわかりません」  一方、少々自信なさげにそんな報告をする、ハーソンの背後に控えたもと(・・)魔女の魔術担当官メデイアは、異国情緒溢れる褐色の美貌を薄布のベールで隠し、黒い修道女服にハーフアーマー(※胴部だけの鎧)を身につけるという奇妙な出立ではあるが、やはりその上に羊角騎士団の紋章が染め抜かれた白いマントを羽織っている。
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