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 温かく大きな手で頭を撫でられた桐弥は、再び瞳を閉じ、その厚い胸板に顔を埋めた。  ようやく、この日が来たのだという安堵に、身体の力が抜けた。  自身の部屋への出入りを許し、合鍵を渡しても、恵治はずっと友人としての節度を守り、桐弥はもどかしさを感じていた。  急に自分の前から消えてしまったことが、許せなかった。けれどもそれは、家庭の事情だから仕方無い。そう分かってはいても、恵治にとって自分はその程度の存在だったのかと思うと、怒りと悲しみに気が狂いそうになった。  桐弥は、恵治が稽古に来なくなった日から、稽古会での稽古を放棄した。心労からのスランプを装ったのだ。家では稽古を続けていたから、両親には何も言われなかった。稽古会だけで上手く出来ないのは、恵治のことを思い出すからだと言えば、それで納得した。  稽古会での桐弥しか知らない、恵治の祖母と親しかった何人かの両親の弟子達が、思惑通り自分を心配してくれた。 「桐弥君は、恵治君と仲がよかったからねぇ」 「恵治君が来れなくなって、淋しいわよね」  彼女達にしてみれば、子や孫のような歳の自分は、庇護の対象だ。  桐弥は、健気な少年を演じた。 「しかたないってわかってるんです。でも……けいじ君が、このままおどりを止めてしまうのかとおもうと、かわいそうで」  自分の気持ちより相手を慮る言葉に、彼女達は感動した。 「私達に出来ることがあったら、言ってね」 「遠慮なんてしないで、頼っていいのよ」  桐弥は、決して無理は言わなかった。ただ、彼女達に容易くでき、今の自分が最も必要なことを頼んだ。 「せめて、けいじ君がどうしているか、しりたいです」  それからの彼女達は、深見恵治の情報を何でも教えてくれた。時には、写真をくれることもあった。元々、恵治の祖母と仲が良く、近所に住む者もいる。中には、自身の子供が恵治の父や母と知り合いだという者もいた。自分達のあらゆる伝手を辿り、友人に会えなくて淋しい師匠の息子を、少しでも慰めようとした。  それは、稽古会でスランプを装っていた時期だけでなく、中学生になり名取となっても、高校生になって時に代稽古をつけるようになっても続いた。  本当は、同じ高校に通いたかったが、恵治が選んだ野球の強豪校は公立で、桐弥の家とは学区が異なっていた。そこで桐弥は、大学に賭けたのだ。  幸い恵治は、推薦入試で私立大学への進学決め、そこは桐弥の学力なら一般入試でも余裕であった。桐弥は念のため、恵治と同じ学部以外にも、日程が被っていない学部を全て受験した。恵治と同じ学部を含め、受験した学部全てに合格したのは、学力から言って当然の結果だった。  両親は、せっかく成績がいいのだからと、もう少し偏差値の高い大学を勧めたが、踊りに集中したいから無理をしたくないのだと言えば、引き下がった。桐弥はいずれ、両親の後を継ぐことが決まっている。学歴よりも、踊りの実力が求められるのだ。  進学先の大学は、恵治の家から通うには少し遠く、桐弥の家からは通えない距離ではない。しかし桐弥は、稽古を怠らないことと、今まで通り稽古会へ顔を出すことを条件に、大学近くでの一人暮らしを望んだ。両親は、下手に通学に時間を取られるよりはと許可を出し、稽古のために広い部屋を借りてくれた。  それでも入学してすぐ、恵治に会えたのは幸運だった。  あの頃よりも大きく、逞しくなっていたが、桐弥は名前を聞くまでもなく、恵治だとわかった。ごく最近の写真をもらっていたこともあるが、何より自分が、恵治を見間違うはずが無いのだ。  それからは、何かと恵治と話す機会を狙い、同じ講義を取っては隣に座り、課題に悩んでいれば助言をし、会えなかった空白の期間を埋めるかのように接近した。遂に部屋に招くことに成功し、この恵治の部屋に最初に入った時は、身のうちから震えるような喜びを感じた。  恵治が、自分の部屋を気に入ったのを幸い、何かと部屋に呼び、入り浸るように仕向けた。恵治の荷物が徐々に増えたところで、さり気なく合鍵を渡した。すると恵治も、自分だけ不公平だからと、「狭い部屋だけど」と、はにかみながらアパートの合鍵をくれた。  そこから、あと一歩だった。  しかし恵治は、一向に桐弥の気持ちに気付く様子はなく、友人であり続けた。もちろん桐弥は、恵治が自分を友人以上に見ていない可能性も考えたが、時折、桐弥を見る恵治の目には、明らかな欲情があった。そこで桐弥は、恵治がとんでもなく鈍感で、人の気持ちどころか、自分の気持ちにも気付いていないのだとわかった。  桐弥は最初、自分から恵治に迫ってみようかと考えた。しかし、恵治が自分自身の気持ちをわかっていない以上、男同士を理由に逃げられてしまう怖れがある。恵治の性格では、そうなったらおそらく、今の友人にも戻れないだろう。  だから桐弥は、恵治に自分への気持ちを自覚してもらう策を立てた。  折良く、弟子の一人から会って欲しい女性がいると言われたのだ。そこで桐弥は、舞台後の楽屋でさり気なく顔を合わせたいと伝えた。  同時に恵治にも、楽屋に来るよう伝えた。  恵治は、楽屋には来なかった。しかし、自分が女性と会っているところを、覗き見していたのには気付いた。そのために恵治が楽屋に来なかったのなら、目的は達成できたことになる。  彼女は確かに、自分に紹介された相手だが、縁談とかそういった類いのものではない。  かなりいいところのお嬢様だが、幼い頃は外国暮らしで、日本舞踊の経験はない。たまたま見た舞台で、桐弥のファンになったというのだ。彼女の両親の知り合いが、その弟子だと知り、何とか会えないかと相談されたのだという。  桐弥は、舞台で使ったばかりの扇にサインして記念にと渡し、彼女は大喜びで帰って行った。  舞台の片付けが終わり、一度は自分の部屋に帰った桐弥だが、そこに恵治はいなかった。舞台で使った荷物を置くと、そのまま恵治のアパートを訪ねたのだ。  少しの間微睡んだ桐弥は、身体の疲れがすっかり癒えているのを感じた。 「次は、僕の番だよ」 「くっ」  恵治の先端を口に含めば、堪えるような声が漏れる。  舌を動かし、包皮の内側へ侵入する。  恵治の腕が背中に回り、抱き寄せられる。  桐弥はそこを探り当て、舌で舐めるような刺激を与えた。  唇から溢れ出る唾液が潤滑を促し、時に強く時に弱く、舌が一層の刺激になる。 「うあっ、あ」  窄められた舌先が内側に入ると、恵治は堪らず声を上げた。先端から、唾液ではないものが滴り落ちる。 「な、なぁ、桐弥……も、う……と、と……う……と……う……や……」  一度は絶頂を迎えたはずの躰の奥から、再び大きな波が押し寄せる。恵治は、懇願するように、何度もその名を呼んだ。しかし桐弥は、恵治の限界を見極めると同時に、口を離して愛撫を中断し、ゆったりと微笑んだ。 「まだ、だめだよ。これはお返しだから」  桐弥は、抱えられた腕の中を移動して恵治に重なると、その左胸を舐める。鍛えられた厚い胸板の上に、その頂点がはっきりと形を作っている。桐弥の左手は右胸を摘み、既に固く尖った突起を潰すように、指先を押付けた。 「ここも、また固くなってるね」 「ああ、と、桐弥っ」  頭上から快感に喘ぐ声が降り注ぎ、自身を抱く腕に力が入る。桐弥は、より一層、丁寧に二つの突起を弄んだ。 「ふぁ、ああっ」  左の突起を甘く噛むと、その刺激に反応して恵治の腕が外れた。そして、彼自身を慰めるため、桐弥の背中を動いた。その意図を察した桐弥は、胸元から離れて、再び足の間に入り込む。恵治の両手を押さえ、その手が、彼自身に触れるのを防いだ。 「まだ、だめだと言ったじゃないか」  そして、やや冷たく、ため息混じりに呟くと、再度、恵治のものを口に含むことにした。  桐弥の舌が内側をなぞり、抉るように舐め、吸い上げる。緩急をつけた動きに、途切れたはずの感覚が戻る。恵治の躰の奥から、更に強く大きな波が、断続的に襲う。 「うっ、はあっ」  声を上げると、舌の動きが止まる。 「と、や……頼む、もう……」 「まだまだ、だよ」  懇願すれば、唇を離して指先で弄る。そしてすぐにまた口に含み、愛撫が続けられる。それが、何度も何度も繰り返される。 「んっ。うあっ、あうっ」  遂に限界に達した恵治は、舌が止まるより早く、桐弥の口内に白濁した精を放った。 「うっ」  余韻に浸る間もなく桐弥の唇が重なり、恵治の口腔に苦いものが流し込まれた。 「と、と……う……や……」  自分自身の苦さに、目眩を覚える。 「勝手に、イクからだよ」  静かな声が耳元で囁き、恵治は全身に甘く強い、蕩けるような痺れを感じた。
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