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井戸の仕組みは、私も授業でちらっとやった程度だが。よほど水嵩が多くなければ、落ちた人間が自力で上がってくることなんか不可能であったはずである。
ましてや、井戸の場所が悪い。裏手の、そうそう人が来ることもないような場所である。落ちて叫んだところで、まず助けなど望めなかったことだろう。ましてや昔なら、携帯電話なんて便利なものも持っていなかったはずである。
「女の子は何度も這い上がろうと、もがいた。井戸の側面に爪を立てて、がりがり、がりがり、がりがり……爪が剥がれるまで引っ掻いて、必死に上に登ろうとした。でも、彼女の爪が全部なくなっても、井戸から上がることはできなかった。水面は彼女が流した血で、どんどん真っ赤に染まっていった……」
そんな時にね、と。縁がゆっくりと顔を上げる。
「奇跡が起きたの。……降ってきたのよ、雨が」
「雨?」
「土砂降りの雨。それも、長く長く続く雨。その雨のせいで、井戸の水嵩はどんどんどんどん上がっていったんだって。屋根はあったんだけど、たまたまその時屋根が壊れてて、大きな穴があいていたみたい。だから普段は井戸に雨が入らないように蓋をしてたんだけど、女の子を投げ落としたいじめグループは蓋をしないでそのまま帰っちゃったんだよね……」
彼女があまりに具体的な描写をするため、私もどんどん生々しく情景を想像してしまう。爪が剥がれるほど井戸の側面を引っ掻いた少女。剥がれかけの爪で、どうにか息をしようと水面で藻掻く少女。そして、恵の雨に気づいた少女――。
「水嵩が上がったことで、彼女は井戸の中から脱出することができたの。疲れきった体で、ずるずると井戸の中か這い出した少女は……ずぶ濡れでボロボロの体で誓ったんですって……復讐を。そして彼女は、自分の髪を切られたハサミを握って走り出した」
「う、うわ」
「その時間は、夕方。まだ最後の授業が終わってない時間帯だった。彼女はまだ授業をやっている自分のクラスに飛び込むと、叫んだんだって。そう」
“お 前 ら も 突 き 落 と し て や る …… 地獄に!”
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