電車の中で…

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電車の中で…

満員電車の中には、人間だけが乗っているのではなく、あちらの世界の人たちも、乗っていた。子供の頃から綾が見ていた電車の中の霊。今日も、また見えてしまった。 一生懸命電車の揺れに耐えて、汗だくになりながら、スーツを着ている男性。しかし、足元は、消えて見えない。たぶん、この霊は、亡くなる前、この電車を使って、会社へ行ってたんだろうと、綾は、思っていた。他にも、ゲームをしているの人を覗きこんで見ている霊や、シクシク泣いている霊、居場所がなく、天井付近にくっついている霊。何故か、今日は、たくさん見えた。 悪さをする霊ではないので、綾は、見て見ぬフリをした。 その日の仕事は、お客様にお部屋を案内することだった。新築のマンションと、中古マンション。駅チカで環境も良いところだった。 カップルなのか、とても楽しみにして見学に来ていたのだ。綾もいつか、こんなふうに2人で住む家を探したいなぁと、心の中で呟いた。 1軒目の新築マンション。間取りも日当たりも良く、このマンションなら大丈夫と確信していた。ベランダから見える景色も最高と、下を覗くと、さっき通ってきた道とは別の道の途中に駄菓子屋さんがあった。子供達が集まって、駄菓子を頬張っていた。そこから、少し行ったところにある小さなお寺が見えた。そこの空気だけ、異様な波長で、揺らめいていた。とっさに、「この2人は、あの場所を通してはいけない。」と、綾の頭の中に声が入ってきた。 カップル達に、もしここに決めるのであれば、必ず守ってほしいことを伝えた。そして、ベランダからあのお寺の場所には、決して行ってはいけないと伝えた。カップルも、お寺には興味がないから、行くことはないでしょうと、言った。 2軒目の中古マンションは、日当たりの良い角部屋で、スーパーもコンビニも近くにあるので、生活には困らないところだった。2人が喜んで部屋を見ていると、綾は、何故か視線を感じた。背筋がゾクっとする感覚。 「ここって、事故物件?ちゃんと調べたけど…そんなはずは、ないんだよなぁ。」でも、この感覚は、いつも出てくるお決まりパターンなのだ。 案の定、部屋ではなく、玄関の脇に1人の女性が立っていた。綾は、その女性に話を聞いた。何故、ここにいるのかと… 数年前、隣の部屋に住んでたが、彼氏と喧嘩して別れた直後に、とある男性がストーカーのように、つきまとわれたというのだ。つきまといは、毎日で、電話もメールも1日に何百と来ていた。その男性とは、彼氏の友達で、一度だけこの家に来たことがあったらしい。しかし、その頃は、まだ彼氏がいたので、行動には起こしてなかったのだ。 しかし、彼氏と別れて男性からの猛アピールに、根気負けしそうになった時、少しだけ優しくしてしまったのだ。女性がその男性を家に招き入れて、2人でコーヒーを飲んで会話したという。 しかし、男性はそれだけでは気がすまないので、女性に襲いかかったのだ。必死に抵抗したが、男性の力は強く、女性は、レイプされてしまったという。その後も、関係を持ちたいと何度も訪ねてきては、思い通りにならない女性に、暴力を振るった。耐えきれず、実家に帰ることにした女性は、その家を出てすぐに交通事故で、亡くなったのだ。この隣の家で起きたことが、鮮明すぎて、その思いだけが、ここに残ってしまったのだ。
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