ハンドケア

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ハンドケア

 淡いピンク色の容器に、アクリル素材のキャップ。キャップの部分は水晶をイメージしているのかキラキラと輝いている。  見た目にも可愛らしいそのハンドクリームを開ければ、鼻の奥まで香る優しい匂い。落ち着くようで、癒されるようで私はすっかりこのハンドクリームの虜である。  パッケージには〔カモミールの香り〕と書かれていた。  私はその中身を、真珠粒程の大きさだけ左手の甲に出した。そのまま右手の甲と擦り合わせた。より強い香りが舞って、私は大きく息を吸った。 「千穂(ちほ)、手荒れが酷いって言ってたでしょ。だからお土産これにしたよ」  つい先日、そう同期の美季菜(みきな)が言った。それと同時に渡された袋の中に入っていたのがこのハンドクリームである。  村瀬(むらせ)美季菜とは入社以来の親友で、共に総務課で仕事に勤しんできた。しかし、三ヶ月前年子の三人目を出産した小谷さんが育休明けをしたことで私は異動を言い渡された。  私は右も左もわからない開発部へと異動させられた。  大学新卒で入社した私。二十八になるが、未だ浮いた話のない私は残業大歓迎の開発部へと送られたのだ。  薬学部卒や名門大学を卒業した人間ばかりが集う開発部。そんなところへ配属されて、私が何の役に立つというのか。場違い極まりない中、毎日言われた通りの仕事をする。帰宅すれば健康に良い食品の勉強をする。  サプリメントを扱うため、作業毎に手洗いと手指消毒を行う私の手は荒れていった。  そんな私を気遣っていただいたお土産。けれど、本来なら私も美季菜と一緒に行く筈だったのだ。  美容コスメを扱う本社への見学を兼ねての社員旅行。総務課と営業部、開発部と製造部とで別れて社員旅行へ行く。私は異動したばかりで今年は総務課として最後の社員旅行への参加が約束されていた。  残念なことに、当日になって高熱を出した私。泣く泣く断念した社員旅行は大いに盛り上がったそうだ。  美季菜から送られてきた社員旅行の写真を眺める。スマホの画面を拡大し、一人の人物を見つめた。  営業部課長の三輪(みわ)陽斗(はると)。若くして課長となったエリートである。  溌剌とした明るい声に、爽やかな笑顔。清潔感のある身なり。若い頃から営業成績はNo.1で、彼を知らない女性社員などいないんじゃないだろうか。  当然女性人気が絶えないのは言うまでもない。毎年の社員旅行でこっそりと彼の姿を覗き見できることが唯一の楽しみだった。  最後のチャンスであった今年の社員旅行。お近付きになることなどなく、あっけなく幕を閉じたのだった。
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