《第一章》音楽家の卵

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教室に入ると、大勢の学生の中に黒木夏希の姿を見つけた。廊下側の席で小柄な体を必死に伸ばし、こちらに手を振っている。席をとってくれたのだろう。りんもすぐに振り返した。 「ありがとう夏希。」腰掛けながら言う。 「全然だよ~むしろ挟んだ席でごめん」夏希は机の隙間を指さした。急いでとってくれたからか、通路を挟んだ席らしい。夏希の奥には中山康介がいた。 「康介、りんだよ!」夏希が声をかけるとイヤホンを外した康介がこちらを見た。「お~気付かなくてわりぃ」 ちょうどその時、担当教授である朝倉恵子が入ってきた。 朝倉先生は一通り雑談を終えると本題に入った。 「もう3年生の夏も終わり。このまま練習を重ねて年が明け、春を迎えたら配属試験です。配属は全部で4つ。A~Cまで実力順で、最もレベルが高いのがS科オーケストラ。もちろん知ってると思うけれど、Sオケに入るとSJG交響楽団への道が最も開けていると言われています。どこを目指し、どれだけ努力をするかはあなた方一人ひとりの自由。私はそれを見守るのみです。」 ゴクリ。通路を挟んでも、夏希が唾を飲み込む音が聞こえた。夏希だけではない。ここにいる学生全員の緊張感が感じられる。空気が、ピタッと音がした。 ここは最も人数の多いヴァイオリンの学生たちの教室。 長い闘いの始まりだ。
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