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客先への休日出勤は、自業自得としか言いようがなかった。
入社二年目に入ったばかりの私にとって数少ない取引先。地元で長年愛されているその洋食店は、今日で開業三十周年を迎えるという。
その記念すべき日のお祝いパーティに出すワインの発注を受けていたというのに、あろうことかその発注本数を一桁間違えていたのだ。
「本当に申し訳ありませんでした」
閉店後、明かりが落とされた暗い入り口の前での最後の挨拶。下げた顔の鼻先を、花の香りがくすぐっていく。
扉の隣に立てられた『祝・開店三十周年』と書かれた札の付いたスタンド花には、送り主である当社の名前が記されているだろう。
「顔を上げてください、お二人とも」
店主の声にゆっくりと顔を上げると、隣で私よりも一拍遅れて上げる上司の頭があった。
「一時はどうなることかと思いましたが、きちんと商品を揃えて開店することが出来ましたし、こうしてお二人にお手伝い頂いて、むしろ助かったくらいですよ」
コック帽を取ったオーナーシェフは、ほどよく銀色まじりの髪を片手でかき上げながら、渋みのある低い声で言った。
「こちらの不手際で、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありませんでした」
そう言ってもう一度頭を下げた上司に、私も慌ててもう一度頭を下げた。
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