見ざる、聞かざる、黒歴史

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 ひとしきりじゃばじゃばと水洗顔して、ようやく私は生き返った。タオルで水分を拭き取っているとき、ふと視線を感じて足もとを見ると、洗面所の入り口から飼い犬ハナマメが怯えた顔でこっちを覗いていた。いつもの事だ、気にしない。 「あーっ、スッキリしたあ!」  朝、入念に塗り込んだ何層もの化粧を落とすと、頭が3キロくらい軽くなった気がする、大げさじゃなく。スッキリついでにストッキングを脱ぎ捨て、堅苦しい通勤着を脱ぎ捨て、洗濯しすぎてヨレヨレになったスエットに着替える。これでやっと「本当の自分」に戻った。  ソファの上に積み重ねられた服を足で押し退け、どさりと腰を降ろす。バラエティ番組を見ながらガハハと笑い、無意識に頬を撫でていた。  と、指先が小さな違和感を捉えた。  これ……この、小さなポコッとした盛り上がり……。  私はソファから転げ落ちる勢いで洗面所に駆け込むと、ソレがアレじゃありませんようにと必死に祈りながら鏡を覗き込んだ。  ───そして絶望を知った。  コレは、アレだった……大人ニキビ、俗に言う「吹出物(ふきでもの)」ってヤツだ、しかも2コ。  私はその場にがっくりと(くずお)れた。あんなに、あんなに気をつけてきたというのに……これでは青春の悪夢再びだ。悪夢リターンズだ。  なんてこった……立ち上がる気力さえ出ず、私はソファまでよろよろと這っていった。テレビのなかの賑やかな笑い声は、もう私には届かない。私の脳裏には、高校の入学式の光景が、まざまざと蘇っていた。  新しい制服、新しい学校。輝かしい未来への記念すべき第一歩に、はち切れんばかりの夢と希望を抱いて体育館に足を踏み入れた、まさにその時だった。  ───うわー、あいつニキビすげえ!
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