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見ざる、聞かざる、黒歴史
「桜井センパイ、お疲れさまでーす!」
「お先に。お疲れさまぁ」
後輩の元気な声に送られて事務所を後にする。廊下に出るより先に、後輩たちのヒソヒソ声が追ってきた。
「桜井センパイって、ホントいつ見てもキレーイ!」
「メイクも上手だし、髪型だって毎日変えてくるし……美容師のカレシとかいるのかなあ」
「なんて言うか、オーラがもうお嬢様だよね。お姫様かな」
ふふふ。
「服も、可愛い系とキレイ系、どっちも見事に着こなしてるしねー」
「仕草だってすごく女性らしいし」
「あーあ。女子力高い人って羨ましーっ!」
ふふふふふふふふ。
すっかり気分の良くなった私は、ヒールの音も高らかに、事務所の入っているちょっとくたびれたビルから大通りへと出た。
午後6時。仕事を終えた人々は、これから一杯やったりするだろう。あるいはデートの約束とかあるかもしれない。
私は直帰だ。
たとえ可愛い後輩たちに誘われようと、上司に誘われようと、なにがなんでも直帰だ。今の会社に入って3年ほどたつが、飲み会に参加したのは僅か2回。なぜなら直帰したいからだ。
帰宅ラッシュの始まった電車に揺られて15分、駅から歩いて12分。ようやく私の城であるワンルームマンションにたどり着いた。
着いたどーっ!
ほっとするあまり、帰宅するたびに叫びたくなる。叫んだところでびっくりするのは飼い犬のハナマメくらいだが。
玄関で足を振ってパンプスを脱ぎ捨てると、その場にバッグをどさりと落とし、上がってすぐ左手にある洗面所に駆け込む。勢いよく水を出して両手に溜めると、ばっしゃーんと顔にぶっかけた。
ああ、なんて爽快……。
そのままばしゃばしゃと顔にかけまくる。ええと、メイク落としは濡らす前に、とか……もうそんなのどうだっていい、一刻も早くこの白粉地獄から抜け出したいんじゃあ!
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