アメヨケル

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その日は土砂降りだった。 コンビニで買ったビニール傘を差して学校へ向かう。もう9時半を過ぎていた。 普段は学校なんて滅多に行かない。かと言って引きこもり少年でもないし不良でもない。 学生服のまま近くのゲーセンへ行って、同じ様にサボってる同級生の成田とレースゲームをする。毎度の様に勝つとジュースを奢って貰って古本屋で漫画読み耽ったりして過ごす。 それが俺のルーティンだった。 でも今日は学校へ行く。理由はテストがあるから。どんなに授業をサボろうと、中間テストと学期末テストは必ず受けに行く。それも俺のルーティン。 そして今日は生憎の雨模様。 雨のおかげで、靴の中身は大洪水だ。水を吸った靴下も相まって履き心地は最悪。学校の玄関に着くと、靴下を脱いで靴に突っ込んで靴箱に置いた。出来ればもう履きたくない。 上履きは無い。貧乏人の池崎に貸している。 代わりに家からこっそり持って来た便サンダルを履く。 階段を上がって廊下に出る。最初の右側の教室が俺のクラス。みんな仲は良い。扉を開けて入ってくる俺の事は誰も気にしない。虐めに遭う事もない。みんなペチャクチャお喋りに夢中。この状況から考えると一時限目は自習だったようだ。 席の配置で察しがついた。番号順だ。二時限目からテストが始まるようだ。 俺は勉強は嫌いだった。人の話をずっとは聞いていられない。ましてや二次方程式なんてあくびが出る。頬杖をするとそのまま「おやすみなさい」と夢心地。 それでもテストは真面目に受ける。理由は「ルーティンだから」。意味はない。 休憩時間の間にその場しのぎでテスト対策をする、それがいつもの常套手段(じょうとうしゅだん)だった。 隣の席は雨宮さん。ラクロス部の部長でクラス1の優等生。学年では5番目。 黒髪のボブヘア。地味で大人しめ。 読書が好きなのか休み時間は何かしら小説を読んでる。ジュブナイルていうジャンルが好きらしい。よく分からない。 そんな雨宮さんに俺は言う。 「雨宮、テスト範囲教えて」 雨宮さんのテスト対策は万全、抜かり無し。今日も悠々と図書館で借りた小説を読んで過ごしていた。それに記憶力も良いから先生の授業で聞いたテスト範囲をしっかり覚えている。俺はいつも寝てるから聞いてない。 「2ページから20ページの間だよ」読んでいた小説を閉じて、雨宮さんは答えてくれた。 「そんなに広いの?」 「まあ、中間テストだし」と雨宮さんはクスッと笑うと、また小説を読み始めた。 俺は机の中に入れっぱなしの教科書を探した。こんな分厚くて重たい物を毎日持ち帰らないといけないなんてあり得ない。全部机の中に置いとくのが忘れ物もしないし便利だ。 「あれ? 本がない」 机は空っぽだった。手前の席に座る湯浅が振り向いて嫌味ったらしく言った。 「お前の本、他所のクラスの男子が持ってったぜ? テスト対策のために。教科書置いとくからだぞ?」 「何で止めなかった?」 湯浅に向かって少しドスを効かせた声を出すと湯浅は少しビビりながら「し、知らねーよ」と答え、姿勢を元に戻して背を向けた。 湯浅とは幼少からの付き合いだが、全くもって折りが合わなかった。湯浅は兎に角俺を目の敵にして嫌味を言いたがる。その割には核心を付けないから直ぐに言い返される、という憐れな奴だった。 教科書をパクられるのは初めてじゃない。前から友達の(さだめ)によく貸していたから、いつの間にか勝手に持っていかれるようになってしまった。教科書に名前は書かない主義だったが代わりに表紙の端に深い折り目を付けていた。まぁ、誰が持っていったかは明確だから無くなる事はないだろう。上履も池崎に貸して便サンダル。俺は人によく物を貸すし返ってこない。便サンダルは履きやすい。こんな雨の日は裸足で履けて気持ち悪くもない。周囲の視線以外は。 定とも幼少の付き合い。物心着く頃には既に友達だった。簡単に言うとアホだ。それ以上はない。池崎は苦労人。まだ十五なのに歓楽街でバーテンダーをしてる。背丈があって顔付きも大人びてるからバレてないらしい。幼稚園児の妹と弟を養う為だとか。昼休みにベランダで話を聞くと毎回心配になる奴だ。 教科書を盗んだであろう容疑者を思い浮かべていたがふと隣を振り返ると、雨宮さんは小説の続きを読んでいた。俺はまた声を掛けた。 「雨宮、国語のテスト自信ある?」 雨宮さんは小説の世界から帰って来て、本を閉じると頬杖をして言った。 「うーん、まあまあ、かな?」 「頭良いから余裕だろ? この時間だけ貸してくれるか?」 「うーん、いいよ」と少し溜めてから答えると雨宮さんは鞄から教科書を出して渡してくれた。 テスト直前にテスト範囲を丸暗記。これが俺のテスト対策だった。 会話を聞いていた湯浅がまた振り向いて絡んで来た。 「こんなんで平均点取れるのかよ。記憶力良いじゃん。もっとしっかり勉強したら良い点取れるかもしれないのによ」 珍しく褒め言葉が出たと思いきや「記憶力良くてもバカはやっぱりバカだから、仕方ないか」と湯浅はやっぱり湯浅だった。 「お前が机に向かって勉強する時間の1割にも満たない時間で俺は平均点が取れるんだよ。バカはどっちだ?」 即座に言い返すと湯浅は悔しそうに顔を赤く震わせてまた姿勢を戻して背を向けた。やっぱり憐れな奴だ。 雨宮さんは小説を読んでいるが、会話が耳に入ったのか口元が緩んでいた。
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