アメヨケル

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放課後。 雨足は止む事なく降り注いでいた。 テストの出来は上々。雨宮さんが教えてくれた範囲はピンポイントだった。さすがだ。 数学は基礎が出来てないと難しいから諦めるとしても、社会科は平均点以上を狙えるかもしれない。 湯浅がテスト終わりに俺に振り返って言った。 「江戸城の無血開城の後に何が起きた? 答えられたら社会科の問題の一つは確実に正解だ。ま、お前の頭じゃ無理だろうけどな」 嫌味ったらしいニヤけ顔の湯浅に俺は答えた。 「大政奉還。因みに小学生で既に習うからサービス問題だぞ? まさか、間違えたのか? まさかな。俺でも分かる問題だったもんな」 湯浅は何も言わず、歯軋りをして前を向いた。図星だったようだ。 クラスメイトが各々部活の準備をしたり帰ろうとしている中、雨宮さんはラクロス部の後輩たちに囲まれていた。 「雨宮先輩! 来週小テストがあるんです! 助けてください!」 三つ編みの一年生ちゃんが切羽詰まった表情で訴えていた。小テスト。俺はそれで紙飛行機を作るのが好きだ。 雨宮さんは二、三度頷いて言った。 「あー、坂本先生でしょ? 一つ数式教える度に小テストだからねぇ。でも面白いんじゃない? ミニゲームみたいで」 「いや、全然面白くないんですよ!」 確かに。授業もテストも面白く感じた事は俺も無い。 三つ編みちゃんの隣にいたボーイッシュな髪型の二年生ちゃんも似たような話だった。 「私も先輩の知恵袋、借りたいかも! ゴリ松の授業があるから絶対抜き打ちテストしてくる!」 国語のゴリ松。忘れた頃に抜き打ちテストを挟んで来る厄介な自称グレートティーチャー。今朝俺の机から教科書を盗っていった(さだめ)はゴリ松のせいで日本語が嫌いになってしまって、逆に英語の成績が伸びた。「生まれる国を間違えたよ」とこの前嘆いていたが、ゴリ松に悪気は無い。 雨宮さんはクスッと笑うとまた頷いて言った。 「大松先生なら、やるね。でも章の最初から出題するから楽勝だよ」 後輩たちに慕われる雨宮さん。教科書を借りたお礼は活気ある女子のパワーに気遅れして言いそびれた。 俺は教室を出て、隣のクラスにお邪魔した。目的は一年生の頃クラスメイトだった元バスケ部の高城漣。二年生になって突然バスケを辞めた。何かがあったみたいだが、誰にも話そうとせずいつも一人で机にデコを寝かせていた。 「高城、元気か?」 相変わらず返事が無い。 「テストどうだった?」 返答無し。 高城の耳たぶをつねってみた。すると高城はゆっくりとデコを上げて、机に組んだ腕の上から空な目を覗かせた。 「触んな」 この一言だけ。高城はため息を吐くとまた腕の中に頭を埋めた。これは重症だ。 「こんな雨の日はブルーになるよな」 教室の窓から外の様子を見て呟いてみると、高城はまた顔を上げて俺と同じように窓の外に視線を移して言った。 「雨のせいじゃ無いよ」 その後は何をしても無言だった。やっぱかなり病んでるみたいだ。高城は中学に上がって最初にできた友達だった。だから少し気になって様子を見に来たが、高城は今日もセンチメンタルな感じだった。 高城はバスケ部を辞めたが、俺はサッカー部を辞めていなかった。ゴースト部員のままずっと所属していた。 サッカー部は最後の大会に向けたミーティングがあるらしいが顧問の玉田先生は今日はテストの答案で忙しいから来れないはず。 「自主練してろ」て言われるのがいつものオチ。 そうなると結局、同学年の原口がこっそり持ち込んでいたゲーム機でサッカーゲームをして遊ぶ事になる。 俺は家に帰る事にした。濡れた靴下をまた履くのは嫌だから、靴下は持ち帰り。靴は窓際に立てて干す事にした。靴箱に入れたままだと乾いた時臭くなる。便サンダルはここでも強い味方だ。リョウ君が虜になるのも肯ける。 ふと、校舎の玄関に目を向けると雨宮さんが鞄を肩に下げたまま、外を眺めて立っていた。 特に用事は無かったが声を掛けた。 「何か待ってんの? 彼氏?」 「え?! 違う」 雨宮さんは急に話し掛けられて驚いていた。強めに否定した後、また外を見てポツリと言った。 「雨、止みそうになくて」 大粒の雨が玄関のタイルを打ち付けて鳴らしていた。 しばらく2人で雨が止むのを待ってみた。雨宮さんはやや上目遣いで唇は結ばせて、雨雲から落ちてゆく雨の滴を見ていた。 雨が止む気配は全く無かった。 「今日は朝からこんなだよ。傘持ってないの?」 「それが……」 雨宮さんは傘を忘れて来ていた。 俺でも朝から雨が降ってれば傘を忘れる事はない。 「雨宮でも忘れ物するんだな」 「うん」 「朝はどうしたんだ?」 「友達のお母さんと車で一緒に送ってもらった」 「そうかー」 俺は雨宮さんに今日の分も含めて日頃のお礼をしたかった。テストの度に相席になり、テスト範囲を教えてもらい、教科書まで借りる。自分で言うのも変だが図々しいクラスメイトだ。 俺は玄関の隅にある傘差しを指差した。 「傘ならここに沢山あるじゃないか」 何日も置かれたまま忘れ去られた傘たちがひしめき合っていた。 「これ、人のだし。泥棒になるよ」 真面目な雨宮さんは人の傘を黙って借りる事は出来なかった。 混雑する傘の中から今朝コンビニで買ったビニール傘を雨宮さんに渡した。他の傘と見分けが付きにくいが置いた場所は覚えていた。 「これ、使えよ。俺のだから」 「え? いいの?」 「いいよいいよ、使って」 「でも、傘原君濡れちゃう」 雨宮さんは俺の心配をした。俺は親指を立てて安心させる事にした。 「俺は大丈夫。雨、避けれっから」 雨宮さんはクスッと笑って「ありがとう」と少し照れ臭そうに言った。 雨宮さんの言葉を聞き終える前に、 雨の中を走って帰った。 雨が避けれるなんて、適当なデタラメだったけど、走ってる間は雨を避けれてる気がした。
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