『おばさん』ではなくてよ

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 『アラフォーだか、アラフィフだかの主婦』それが今の私。  平日はパート勤務。スーパーの総菜コーナーの調理員。  その実態は、紛れも無い『Theおばさん林』それが私だ。  覆面マスクに加えて、割烹着が私の戦闘服。お洒落など不要の日常。そして、する気も起きない。  けれど、そんな私も月に一度は命一杯にお洒落をする。  栄養士の資格を持っている私は健康的な食生活に加えて、立ちっぱなしという仕事柄が功を奏して、スタイルだけはキープ出来ている。なので、若い頃に買った服のサイズもすんなり入る。流行り廃りの無い服選びは、昔からの癖のようなもの。  普段はまるで化粧っ気のない私だけれど、その分スキンケアや保湿には力を入れていた。 (だって、肝心の夫は私のノーメイクばかり見るものでしょう?)  鏡を見ながら『美魔女』とまでは到底いかなくとも、そこそこでないの?などと自画自賛する肌に、コスメ雑誌に掲載されている手順通りに顔を作り込んでいく。恥ずかしながら、いつまで経ってもこれは手慣れない。  それが私の美容院に行く日なのだ。 「いつ来ても此処は煌びやかねぇ」 私は独り()ちた。どの鏡も私を品定めしているかのよう。  決してイケメンではないが、イケメンになるべく武装している年若い男性店員が私の担当だ。いかにも美容師らしいスタイリッシュな服装と髪型。彼の頑張りを見ると、私も頑張ってなければと思えるのが不思議だ。頑張らなければでないところがミソ。 「林さん、今日はどのようにされますか?」 鏡越しにチラリと、ジャケットの下に隠された彼の下腹部を見遣る。 この美容室に私が通い始めて、もう四、五年になる。 (二十五を過ぎると若いと(いえど)も、やっぱり出て来るものよねぇ) 体重変動にばかり気を取られていられない年齢に差し掛かってくるお年頃。 「いつものでいいわよ」 いつものが、いつものにならないのが彼の向上心なのだろう。 「たまにはアレンジしてみませんか?」 お値段の張るカラーやパーマを勧められるが、私は決まって首を横に振る。 「ごめんなさいね、時間があまりないの」 お決まりの台詞と苦笑をすれば、彼はそれ以上に勧めない。 「俺、最近、ジム通い始めたんですよ」 唐突に、そしてぎこちなく、それでも少し得意気に彼が本日最初の話題を振ってくる。 (おばさん相手に話題を作るのも大変よねぇ……) なんて、思いながらも私は愛想笑いをして見せる。何故かお客の私の方が営業スマイルをさせられてしまう。それこそが『おばさん世代』の真骨頂。 「へぇ、美意識高いわねぇ。流石、美容師ね」 褒め称えることも忘れない。家庭においても褒め育てをまさに実践中の身だ。 「林さんもいつもばっちりメイクですよね。これから何処かへ行かれるんですか?」 美意識高いお客だと思われないと、あなたが手を抜くからよ。とは、心の呟きだ。 「ふふ。あなたが美意識高いから、此処へ来る時くらいは頑張ろうって思うのよ」 「へぇ。それは、美容師冥利に尽きますね」 彼は嬉しそうに私の髪に鋏を入れた。 「私もジム通いしてみようかしら?『最近、綺麗になったよね』と、夫に言われてみたいものね」 そんな軽口を叩きながら、私は此処では『マダム』の仮面を被るのだ。
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