第1章 狐坂の怪

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第1章 狐坂の怪

 京都のお盆には「五山の送り火」といって、京都市街地を取り囲む山々に文字や記号をかたどった火が点される行事がある。  有名な東山の「大文字」に始まり、「妙法」、「船形」、「左大文字」、「鳥居形」と順番に、各山約三十分ずつ炎が燃え上がるのである。  このうち、「妙法」があるのは京都市街の北のはずれだ。  その一帯は宝ヶ池公園と言って、宝ヶ池という江戸時代に造られた巨大なため池を中心に、緑豊かな森に包まれている。  ちなみに公園の北には京都議定書が採択されたことで有名な国立京都国際会館があるが、この建物は要塞のような姿をしているので、水面に映る様はまるでSFのワンシーンのようだ。  さて。それはさておき、「狐坂」は京都の市街地側から宝ヶ池に上っていく坂道の名称であった。  「この辺りに来るのは久しぶりだなあ」  鴨川の東の支流である高野川を渡り、北山通りを西へ走る車の助手席に座る恭は、眠たそうな目をこすりながら呟いた。 「北山地区はお洒落エリアだし、俺たちには用がないからじゃないか?」  冗談交じりに言う運転席の与一は、眠気覚ましにガムを噛んでいる。メントールの香りが車内に広がり、スピーカーからは邦ロックがガンガンと鳴り響いていた。これは与一の実家の車だが、選曲はこいつで間違いないだろう。少しでも怖さを紛らわすための彼なりの工夫らしい。
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