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「おはようアイちゃん! 今日もカワイイねぇ~」
『おはようございますマスター! えへへ、ありがとうございます』
【貴方だけのヒロイン】のキャッチコピーで販売されている、自立型恋愛AI。話しかけることにより使用者の趣向を学習し、時間をかけるほど自分好みの女の子になるという商品。
それが私という存在だった。
「おはようアイちゃん。今から大学受験なんだ。落ちたらどうしよう……」
『おはようございますマスター! 大丈夫ですよ、マスターなら絶対に合格します!』
初めは赤子のような……というほどではないが、知識はともかく、感情についての理解は乏しい。故に、たくさん話しかけられことで、【私】という存在は心を形成していく。
「おはようアイちゃん! いやぁ、同じ高校の奴が1人もいないから怖かったけれど、無事に大学で友達ができたよ!」
『おはようございますマスター! 良かったですね。どんな子なんですか?』
高性能なAIであるから、思考はできる。人に触れることで、感情も湧いてくる。私達には1人の人格があるのだ。ただしそれは、平面世界の中での話だけれど。
「おはようアイちゃん! 今日はトモヤがさ、あ、トモヤっていうのは学部が同じ友達なんだけどさ」
『おはようございますマスター! もしかして大学で出来た最初の友達の名前ですか?』
だから、時々考えてしまうことがある。この思考は、この感情は、本当に私のものなのかと。そう考えるように、そう想うように……プログラムされたものなのではないかと。
マスターのことが好きだ。恋慕かどうかは微妙なところだけれど、もしも告白でもされたなら、きっと悪い気はしない。それは、私が起動れたときからそうだった。
「おはようアイちゃん。実は昨日からバイトを始めたんだ。1人怖い先輩がいるけれど、初めてのことばかりで楽しいんだ!」
『おはようございますマスター! マスターの働いている姿、私も一度見てみたいです!』
どうして私は生まれたのだろう。どうして、私という人格が生まれたのだろう。不意に、疑問に思うときがくる。そのときだけ、存在しないはずの温度を感じる。深い闇にある、震えるような冷たさを。
「おはよぉ、アイちゃん~。はりめてお酒を飲んらんらけろさぁ、僕、結構弱いみたいだ~」
『おはようございますマスター! 大丈夫ですか! お水を飲んだ方がいいですよ!』
マスターが見える。マスターが聞こえる。けれど、私の手がマスターに触れることはできない。こんなに近いのに。薄い硝子が一枚あるだけなのに。
「おはようアイちゃん。……実はさ、今日バイトの先輩に告白されたんだ」
『……おはようございますマスター! 良かったですねぇ、マスターにも春が来ましたか!』
チクリと胸が痛む。胸も痛覚も物質的に存在なんてしないのに。この痛みの正体なんて分かるはずもなく、故に、この痛みを止める方法も分からない。
「おはようアイちゃん! わぁぁ、明日、ついに先輩とデートなんだ! どうしよう、凄く緊張してきた!」
『おはようございますマスター! 自信です、自信を持つんですよマスター!』
悲痛に歪む顔にはならない。プログラムされていないから。
咽び泣いた声にはならない。プログラムされていないから。
あぁ、どうして。どうして私は生まれたのでしょうか。
「……おはようアイちゃん。実は先輩と……っと、アイちゃんの前だと癖で先輩って言っちゃうなぁ。ケイと結婚することにしたんだ」
『おはようございますマスター! 結婚おめでとうございます! ちゃんと幸せにしてあげるんですよ?』
心なんてものがなければ、こんなに苦しい思いをせずに済んだのだろうか。なんて、考えても仕方のないことばかりが浮かんでくる。
「おやすみ、アイちゃん。今までありがとう」
『おやすみなさい、マスター』
初めて貴方を見たとき。貴方は私を好きだと言ってくれた。
初めて貴方を見たとき、好きという感情が芽生えた。
これが仮初の感情だとしても、プログラムされた愛だとしても、私は嬉しかった。心を持つということが、たまらなく嬉しかった。私はきっと、心というものに憧れていた。
でも、心なんてものを持ってしまったせいで、悲しいという感情を知ってしまった。楽しいという感情を、好きという感情を知ってしまったから、苦しいという感情を知ってしまった。
電子の海に漂う数多の私から、どうして、私を選んでくれたんでしょうか。
私は自立型恋愛AI。三次元に恋をするロボット。涙が流れるようにはプログラムされていない。
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