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「最近、キレイになった?」
職場の同僚の青山くんに、そう声をかけられた。
え?そうかな?わたし、キレイになったかな?
そう言われたのが嬉しくて、手元にある鏡を覗き込んだ。
「確かに、肌がツヤツヤになったし、目もパッチリしてるし、
キレイになったかも・・・」
鏡を見て、ドキドキ。ニキビがひどくて、目もくすんでいた以前とは、
まるで違う。どうしてこんなに変わったんだろう。
理由が知りたくなった。
「やっぱりアイツのおかげ?」
「え?」
森川くんが、クイッとひとりの男の子を指さした。
指をさした向こうにいるのは、澄川くん。
女性社員に大人気の同い年の男性社員だ。
「それってどうゆう意味?」
「どうゆう意味って・・・そういう意味」
クールな表情を浮かべて、そう答える青山くん。
彼の意図がよく解らなくて、ちょこんと首をかしげた。
「案外鈍感なんだね、綺子ちゃんも」
「えっ?」
綺子ちゃん。初めて青山くんに、下の名前を呼ばれた。
ちょっとドキドキ。男の人に下の名前で呼ばれるなんて、滅多に
ないから。頬が赤くなっちゃって、なんだか恥ずかしい。
「いや、何でもないよ。じゃ、俺は仕事に戻るから」
ひと言だけそう口にして、青山くんは仕事場へ戻ってしまった。
なぜだろう。寂しい気持ちでいっぱい。
もう少しこの人と、話をしていたかったな。
「アイツって、結構ストレートにもの言うんだな」
「澄川くん」
振り返ると、すぐ後ろに澄川くんが立っていた。
茶髪の爽やかなショートに細い瞳。華奢で長い手足が、
繊細で優しい印象を感じさせる。
「いきなり褒めてくる怪しい奴には気をつけろ。
パクッと食われてしまうかも」
「く、食われるって・・・そんな、野生動物じゃないんだから・・・」
「鈍感過ぎるなあ。青山くんみたいに、もうちょっとストレートに
言わないと、伝わらないかな?」
ニヤリ。唇を歪め、危険な笑みを浮かべて、彼はそう言った。
心臓がバクバクする。さっきよりも、数倍強く。
わたし、どうしちゃったのかな。ここにいて、良いのかな。
もし、青山くんに、この姿を見られたら・・・。
「他の男に食われちまう前に、どうかしねえとな」
「えっ、えっ・・・?」
澄川くんの顔が、どんどん近づいてくる。
彼の肌があまりにも美しくて、眩しくて、優しくて、
慌てて目を逸らした。
「あ、あの、澄川くん・・・」
「なんだ?」
「あの、その・・・キレイになったね」
何か言わなきゃ。そう思って、咄嗟に出たのが、この言葉だった。
だって、あまりにも透明で綺麗な肌だったから。
思わず本音を口にしてしまった。男の人にこんなことを言うのは、
始めて。
「キレイになった?うーん、まあ、そうかもな」
「ほ、本当のことだよ」
「やっぱ、恋してるから、かな。キレイになったのは」
「恋?」
「そう、恋。夜も眠れず焦がれるような、熱い恋」
気になるひと言を言い残し、澄川くんはわたしのもとを
去っていった。彼がキレイになった理由、もっと詳しく聞きたかったな。
うーん、でもやっぱり聞きたくない・・・かも。
「休憩がてらコーヒーでも飲みに行ってくるか。
って、何してるの?綺子ちゃん」
コーヒーカップを片手に、青山くんが仕事場から出てきた。
口には、水玉のマスクが駆けられている。
あどけなくて、いじらしくて思わずその場で笑ってしまった。
「なになに、いまの俺、どこか変?」
「ふふっ。いや、何でもないです」
マスクをつけてると、何だか別の人みたい。
口元が覆われて、輪郭と唇と鼻が見えなくて。
でもこれはこれで、新鮮で爽やかさがあって、何か良いな。
「あ、そうだ。綺子ちゃんもマスクつける?」
「え?」
そう言って、青山くんは一枚のマスクを渡してくれた。
桜の花が描かれた、可愛らしいマスク。
「綺子ちゃんに似合うと思って、買ってきたんだ。
良かったらつけて」
「あ、ありがとう・・・」
マスクなんて、滅多にかけることはない。
似合うかなあ。つけたら、どんな感じなのかなあ。
ドキドキしながら、マスクをつけた。
「あ、あのっ・・・どうかなあ?」
「うん、似合ってる。ますますキレイになったよ」
「そ、そう?」
マスクに描かれている桜のように、頬がピンク色に染まる。
似合ってる。キレイになった。褒められて、嬉しい。
わたしも青山くんに何か言ったほうが、良いかな?
「あ、青山くんも・・・その、マスクつけて、キレイになったね」
「え?」
澄川くんに言った時と同じ台詞を、口にしてみた。
どんな反応をするんだろう、と気になって。
「あ、そう・・・いきなり褒められたら、その・・・
なんて返事をすれば良いか分からないな・・・」
わたしと同じように、頬をピンク色に染めてそう口にする青山くん。
照れている?意外な反応に、ビックリ。
「じゃあ明日も明後日も、ずーっとマスクつけていようかな」
「う、うん。それも良いかもね」
これから先も、ずーっとマスクをつける青山くんの姿を想像して、
思わずニッコリ。わたしの言葉がきっかけで、なんて考えると、
嬉しかったりして。
「すごく似合ってるよ」
「水玉模様にして、正解だったな」
キレイになったね。同じ言葉を、また今度青山くんにも言ってみよう。
どんな反応をするかな?
キレイになったね。青山くんからそう言われたら、わたしは
どんな反応をするんだろう?
澄川くんにも、キレイになった理由を詳しく聞きにいかなくちゃ。
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