ACT1

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ACT1

 春、窓越しに張り紙を見ている人たち。 「よろしければ中にどうぞ」  優しく声をかける。  大学生だろうか?就職して部屋を探しているのだろうか? 「お部屋をお探しですか?」 「・・・はい」  田舎から出てきたのかな?  なんて、お部屋探しは大変なイベントだと思う。  下手したらその人の一生を左右することもあるわけで、お客様のニーズにこたえたい、できるだけ希望に添えるようにしてあげたい。でもなかなか東京じゃ探せないのが現実なのよ。  カウンターには男性がずらり。  まあ、いいお客様ばかりとは限りませんからね。男性のほうが少しは身構えるってもんかな? 「どんなお部屋をお探しですか?」  ワンルームでいいので・・・  ワンルームですか、部屋の大きさからしてピンキリですがご予算は?  六万ぐらい。  申し訳ございませんが、東京都内ですとお部屋はこんな感じですが。 「せま!」  まあ皆さんこういわれます。  不動産屋さんもいろいろでしょうが、これは、お客様の話ではなくて、私の体験話なのです、まあ、ちょっと聞いてくださいよー。  高校は公立高校の普通科を卒業した。大学に行きたかったから受験したのに、それは淡い希望で終わってしまった。  親は懸命に働いていたけど、四人の子供を育てるだけでていいっぱい。それに成績は中の上ぐらいでは、さほどの偏差値もなく、二年に上がる前に進学をあきらめた。あきらめると勉強はどんどん後退、そして卒業するころには「お前、どこにも就職できないぞ」と言われていた。  一生懸命何とかしようとする教師たち、それは早く重い荷物をおろしたいから。誰も本当の私の事なんか見てくれない。 家事ばかりで、勉強は学校だけでしかできなくて、それを言ったら、誰も認めてくれなくなって。私、なんのために生まれて来たんだろうと思ったら、もう、何もかも嫌になってた。  ここを受けてみたらどうだと言われたプリントをもって親に見せると、行って来い、の一言。ただし寮に入れというだけ、金の面倒はせんだってさー。 お給料が入るからお姉ちゃんのお金は使えると喜ぶ兄弟たち。そうね、あんたたちには何もしてあげられなかった。    共稼ぎの両親の代わりに台所に立ったのは小学校二年、初めて作ったホットケーキに感動。  おやつ?  なーにそれ?  それ美味しいの?  知らないことに劣等感を抱いていた自分がおかしくなって、小さな兄弟たちがおいしいと食べてくれたあの顔を忘れない。 自分がいじめられていれば、クラスからつまはじきになろうが、この子たちだけにはそんな思いはさせたくないと、それから料理やお菓子作りにはまっていった。  百円で買える小さなシール付きのおかし一個よりも、98円で買えるホットケーキミックスのほうが四人がおなか一杯になれた。 それくらい貧乏だった。  田舎から上京、寮のある会社へと入社した。入社できたんだ。  某有名不動産会社。  全国に支店があり、特に、関東近郊は各主要駅に必ずある。  ふーん、一人ワンルームに、待遇がいいと思っていた。 三か所ある寮は、自分が通える範囲で振り分けられた。 寮生活もなかなかいいものになるかもな、なんて浮かれていた。 でっかい会場は、この会社の本社の大ホールで、コンサートなんかも開かれる有名な場所だった。  東京、それだけで浮かれていた。 電車に乗り込み、言い渡された営業所の駅とこれから行く、寮の場所の書かれたプリントと小さな荷物だけ持って。 東京都立川市。 ここからさらにバス。 ついたところは、田舎? それでも、ドーン、バーンと立ち並ぶでっかいビル、いや、マンション。 これが会社の寮?口を開け上を見ていた。 地震がきたら揺れそう。 こそこそ話す声。  そんなの聞いてないよ。  なんで?  ざわめく女子たち。  どうしたの?と聞くと。なんか話と違うみたいだよと、三十人いる女子たちが外でわいわい。  男性は、プリントを見ながらその番号に向かって入っていく。  私は先に入る男性に声をかけた。  男性は一人ひとつのワンルームを与えられた、同じ営業所に行く大学生の部屋を覗かせてもらった。 開けて最初の印象は縦長だと思った。玄関は靴を四足置いたらいっぱい、その横には下駄箱、中を開けると、三段になっている三足しか置けない?その横には長いものが入れられる、長靴入れたら終わりだな。反対は二段に仕切られたスペース。物入だなと思うとその上にはガスのスイッチ、お風呂、キッチンのお湯がここから出る。 お風呂トイレは狭いユニットバスだが、足を伸ばせてはいれそうな浴槽がある。キッチンは小さなシンク、脇にはIHコンロが一つ、その下には物入れ、上にも吊戸棚がある。小さな冷蔵庫なら置けるスペースがあり、その奥にはアコーディオンカーテンで仕切られた部屋八畳、押し入れは一畳半ほどあるがなぜか観音開き。天袋もあるが深い。 部屋の先には洗濯機が置けるスペースのあるベランダ。  振り返った、ベッドを置いたら開けることのできない押し入れ。これで八畳?とみんなが首を傾げた、どう見ても六畳しかない。関東畳は狭いよねなんて言う声が聞こえた。ただ何となく広く感じさせたのは、無駄に高い天井だなと思ったからだら。 それ以外は仕事場とここだけの往復、何とかなるだろう、男性は十分だと言っていた。大学の時はもっと悲惨だったという、マジかよ。
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