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金曜日は、侑一さんに話していたとおり一次会で切り上げることにした。
亜紀ちゃんには、「さゆちゃん、帰っちゃうの?」と悲しそうな顔をされたけれど、少し飲みすぎてしまったし──どうしても、侑一さんに心配をかけたくないという思いがよぎってしまう。
ごめんね、今度ふたりで飲みに行こうね。そう言ったら、亜紀ちゃんは熱っぽい目をうるうるさせて、「絶対だよ。近いうちに行こ」とわたしの両手をぎゅっと握ってきた。
「紗友里ちゃん、駅まで行くの?一緒に帰ろうか」
お店を出たところで、背後からポンと肩を叩かれた。振り向くと、普段とまったく変わらないようすの椎名さんが笑顔で立っている。
「椎名さんは二次会に行かないんですか?」
「明日、朝早いんだよね。練習試合があって」
「そういえばバスケ部でしたね」
「うん。だから、今日はあまり飲めなかったよ」
市役所には部活動が存在していて、椎名さんが入っているバスケ部の他にも、野球部やサッカー部、テニス部などがある。シーズン中は、市役所対抗の大会や、企業チームとの試合が行なわれているみたいだ。
「おう椎名、前島ちゃんに変なことするなよ」
「木下、なに言ってんの。椎名くんが変なことするわけないでしょ。あんたと違うんだから」
亜紀ちゃんが怒ったように、木下くんの腕をぐいぐいと引っ張っている。「さゆちゃんのことは椎名くんに任せて、早く二次会の場所に電話してよね」──ふたりがすったもんだしているうちに、わたしと椎名さんはそっと集団から外れて、駅までの道のりをゆっくりと歩き始めた。
*
「結婚するって言ってたけど、入籍日とかもう決めてるの?」
ゆるやかな夜風の中、椎名さんの柔らかい声が降ってくる。……よく考えたら、これってあまりいい状況じゃないよね。駅までは歩いて10分くらい。ひとりで暗い道を歩くのは怖いから、ありがたいといえばありがたいけれど──。
「いえ、まだそこまでは。結婚のことは、同棲を始めてから考えていこうかなって思ってるんです」
「へえ。でも、彼氏さんは早く結婚したくてたまらないだろうな。紗友里ちゃん、可愛いから」
さらっと繰り出されたその言葉に、思わず「えっ」と足を止めてしまう。
なんと返していいのか迷っているわたしに、「そんなに驚く?よく言われるでしょ」と彼が笑顔のまま言った。
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