#6 それぞれの土曜日

11/15
前へ
/194ページ
次へ
「いえ、あの……迷惑、というよりは……なんて言えばいいのかわからないんですけど、彼氏に余計な心配をかけたくないというか」 「彼氏のこと、本当に好きなんだね。そこまで愛されてて羨ましいよ」  椎名さんはふっと笑うと、「同棲生活はどう?俺はだめだったんだよね。3ヶ月で破綻しちゃった」と事もなげに言った。 「椎名さん、同棲されてたことがあるんですか?」 「そう。教員時代ね。いま思えば臨時採用の分際で将来もクソもないんだけど、あのときは若かったからなあ」  遠い目をしてそう呟き、残りのビールを一気に飲み干す。あ、なくなっちゃった。買ってこないと。カップを芝生に転がして、椎名さんがため息をついた。 「同棲って、結局は生活だから。いままで見えなかった相手の癖とか嫌なところがわかってきて、それが我慢できなくなったらアウト。うまく擦り合わせられる相手ならいいんだけどね」  わたしと侑一さんはどうだろう。一緒に住み始めて、まだ一週間しか経っていないけれど──無理しなくていいよ、家事は一緒にやろう。しつこいくらいにそう言ってくれるし、朝起きたら彼がいて、仕事が終わればふたりで住む家に帰る。ずっと待ち望んでいた幸せに満たされる日々だ。  いいところも悪いところも、侑一さんのことなら全部知りたい。心からそう思っているし、2年も付き合っているのだから、知っていることのほうが多いと思っていた。だけど、わたしが知っている彼は、ほんの一部分なのかもしれない。 いままで知り得なかった彼を知って、自分のことも知ってもらって、お互いがやりやすいと思える着地点を見つける。同棲って、結婚って──きっと、そういうことだ。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8669人が本棚に入れています
本棚に追加