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「いえ、あの……迷惑、というよりは……なんて言えばいいのかわからないんですけど、彼氏に余計な心配をかけたくないというか」
「彼氏のこと、本当に好きなんだね。そこまで愛されてて羨ましいよ」
椎名さんはふっと笑うと、「同棲生活はどう?俺はだめだったんだよね。3ヶ月で破綻しちゃった」と事もなげに言った。
「椎名さん、同棲されてたことがあるんですか?」
「そう。教員時代ね。いま思えば臨時採用の分際で将来もクソもないんだけど、あのときは若かったからなあ」
遠い目をしてそう呟き、残りのビールを一気に飲み干す。あ、なくなっちゃった。買ってこないと。カップを芝生に転がして、椎名さんがため息をついた。
「同棲って、結局は生活だから。いままで見えなかった相手の癖とか嫌なところがわかってきて、それが我慢できなくなったらアウト。うまく擦り合わせられる相手ならいいんだけどね」
わたしと侑一さんはどうだろう。一緒に住み始めて、まだ一週間しか経っていないけれど──無理しなくていいよ、家事は一緒にやろう。しつこいくらいにそう言ってくれるし、朝起きたら彼がいて、仕事が終わればふたりで住む家に帰る。ずっと待ち望んでいた幸せに満たされる日々だ。
いいところも悪いところも、侑一さんのことなら全部知りたい。心からそう思っているし、2年も付き合っているのだから、知っていることのほうが多いと思っていた。だけど、わたしが知っている彼は、ほんの一部分なのかもしれない。
いままで知り得なかった彼を知って、自分のことも知ってもらって、お互いがやりやすいと思える着地点を見つける。同棲って、結婚って──きっと、そういうことだ。
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