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《サンプル版》10.欧介
『考えてくれた?』
芦沢からの電話は、あれから一日置きに来ていた。俺はため息をついた。
「…そんな簡単に答は出ません。もう少し待ってくれませんか」
『わかってるよ。ただ、欧介はこうやって頻繁に連絡しないと、すぐ番号変えて姿をくらますから』
「………」
『そんな田舎で平気なわけないよな?そんな生活、向いてないだろ?』
「そんなことないですよ。幸せに暮らしてます」
芦沢は、受話器のむこうでふふ、と笑った。信じていない時の癖だ。
とりあえずもう少し時間をくださいと言って、電話を切った。
律との関係が修復されて、ひと月が経つ。
あんなことがあったなんて嘘のように、律は頻繁に遊びに来ていた。
本当に学校に友達がいるのか心配になるくらい、俺とばかり会っている。
俺はあれ以来、品行方正に暮らした。
律の純粋さと、いい意味での鈍感さに助けられた。
俺の中では、律への気持ちは変わってない。墓まで持って行くつもりだ。
「おーすけさーん、これ、こんなんでいいの?」
芦沢の電話を廊下で終わらせてキッチンに戻ると、律がトンカチ片手にDIYにいそしんでいた。額に汗まで滲んでいる。
延び延びになっていたキッチンの棚づくりを律は率先してやってくれた。
器用なもので、俺が想像していたよりも本格的な棚が出来上がる気配がする。
「すごいな、上手いもんだ。俺がやるよりずっといい」
「好きなんだよね、こういうの。自分で家具つくるとかさ、面白いじゃん」
「こんな器用なタイプだと思わなかった」
「どんなタイプだと思ってたの」
「釘打とうとして自分の指打っちゃうタイプ」
「……さっき一回打った」
「あはは、やっぱり」
「授業ではけっこううまく出来たんだけどな~」
律が笑う。
ほんの少しでも、律が学校の話をするのは珍しい。
俺は釘を打ち付ける律の背中を見ながら、話の続きを待った。
「欧介さんは、どんな高校生だったの」
「俺ぇ…?そんな昔のこと忘れたなあ…」
「っつっても、そんな前じゃないじゃん。教えてよ」
「……まあ…、割と荒れてたかも」
「あー……、ガラスとか割っちゃう感じ?」
「そっち方面じゃなくて…、さぼりとか、年齢ごまかしてやばいバイトしたりとかね」
律はぽかんと口を開けて、俺を見つめた。
「意外……そんなの想像できない」
「今は隠居おじさんだからね。ひとは見かけによらないんでーす」
言ってから、しまった、と思った。ゲイの俺が言うのはリアル過ぎる。引いたかと思ってちらりと律を盗み見たが、気にしている様子はなかった。
むしろ楽しそうにこう言った。
「ね、卒アルとかないの?」
「そつある?」
「卒業アルバム!見たい見たい!」
「えぇぇぇぇ……」
自分でも驚くほど嫌そうな声が出た。にやにやしながら律は俺の背中に覆い被さってきた。こういうのをいちいちノンケは残酷だと言ってたら、ゲイなんて生きていけない。
俺は律を振りほどいて、しぶしぶ2階へ上がった。鼻歌を歌いながら、律が階段の後をついてくる。
寝室のベッドの下の収納に、アルバム類は全部まとめてあった。
奥の方から出てきた、金色の表紙の分厚い卒業アルバムをおそるおそる開くと、律が顔を近づけて覗き込んできた。
「欧介さん、どこどこ?……ってか、H丘高校って、東京じゃん!」
「…そうだよ?ここに住んで5年だから、学生時代は東京に…って言ってなかったっけ」
「欧介さんは昔のこと何にも話さないから、初耳ですが?」
「……ミステリアスでしょ?」
ふたりで腹を抱えて笑いながら、アルバムのページをめくる。こんな幸せな時間が、ずっと続くといいのに。
「あっ、みっけ!3年F組、櫻田欧介くん……うわ」
「あーもう、だからやだって言ったのに…」
金髪のツーブロック。両方の耳に、ずらりと並んだシルバーのピアス。不機嫌にカメラを睨む目が、当時の荒れ具合を思い出させる。律は目を輝かせて写真を食い入るように見つめている。
「やべえ…わかりやすいヤンキー…」
「…若気の至りってやつね。ほら、次のページ行って」
律はわくわくした表情で次のページをめくった。女子が顔を寄せてピースサインをしていたり、自転車で下校する男子生徒たちの写真。
律は、たくさんの写真の中から、俺の素の写真を探し出したいようだった。
「……いないんですけども?」
「だから、さぼってたって言ったでしょ…」
「つまんね……あっ!」
律が指さした写真は、体育祭のものだった。バスケの試合中、ドリブルをする俺が写っていた。金髪とピアスが、さわやかさを半減させている。
「かっこいーじゃん、これ!欧介さん、バスケうまいの?」
「当時ね。バカだけど、スポーツはだいたい得意だったよ」
「え、今度バスケやろーよ、フリースロー対決!」
「現役高校生に敵うわけないだろ…」
俺の寂しいつぶやきを聞いているのかいないのか、律は楽しそうに写真を見ている。次々ページをめくり、へー、と言ってみたり笑ったり。
俺のポケットの携帯電話が鳴り出したのは、その時だった。ごめん、ちょっと見てて、と言って俺は廊下に出た。
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