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《サンプル版》3.律
「りっちゃんいつまで寝てんのー?ママたち出かけるけぇ」
「うっせ、ママ言うな!」
ばあちゃんとじいちゃんを連れて、母親は温泉に出かけた。ここに来てから、思い出したように親孝行を始めている。
俺も誘われたが、さすがに断った。
冷蔵庫を空けると、この間の西瓜がある。
熱すぎて、そんなもんしか食べる気にならないから丁度いい。
時計を見たら、もう昼だった。
来週からこっちの高校が始まる。よって今はまだ友達もいない。
もともと友達が多いほうじゃないし、一人でいるのも苦にならない。
ひとりっこって言うのは得てしてそういうもんなのかもしれない。
あと1年弱しか通わないし、まあなんとかなるだろ。
西瓜を食べ終わって、なんだかまだ物足りなくて、もう一回冷蔵庫に顔をつっこんだ。
ソーセージとかサラミとかをごっそり持って、ついでにビールを1本拝借して、2階の自分の部屋に戻った。
窓を開けて、ビールも開けた。
今日は少し風があるから、まあまあ気持ちいい。
携帯をいじるくらいしかやることがない。サラミをぱくつきながら、動画なんかを適当に見ていると、ザー、と水の音が聞こえてきた。
窓から身を乗り出してみた。
隣の櫻田さんが庭に出て、水まきをしていた。
この間は気がつかなかったが、櫻田さんちの庭には、朝顔がたくさん植わっている。
やっぱり煙草を咥えたまま、今日も緩めのTシャツと、ハーフ丈のデニム。無精髭はいつも通り、髪は上の方で一部だけ束ねている。いわゆるハーフアップってやつだ。女子がやるやつ。
ぼーっと見下ろしていると、ホースを持った櫻田さんと目が合った。
今日は後ろめたくないのに、勝手に心臓がどきっとした。
初対面の印象って大事。
「律くん」
「あ…こんちわ」
「今日も熱いね」
「そっすね」
俺が、わさわさ植えてある朝顔を見ているのに気づいて、櫻田さんは言った。
「朝顔、好き?」
「…好きっつーか、懐かしいなって…」
「ああ、小学校で育てるよね。…たくさんあるから、良かったらおばあちゃんに一鉢持って行かない?この間の西瓜のお礼に」
「あー…いいんですか?」
「うん。降りておいでよ」
櫻田さんに誘われて、俺はお隣に遊びにいくことにした。
何となく、冷蔵庫からビールを2本持った。
今日はインターホンを押さずに、直接庭に入らせて貰った。
「…ちわっす」
「いらっしゃい。ちょっと待ってね」
ホースの水を止めて、櫻田さんは朝顔の鉢の中から、蕾が開きそうなのを選んでくれた。鉢の朝顔がたくさん置かれた向こうには、支柱に絡みついて太陽に向かって伸びる朝顔もあった。こういうのはグリーンカーテン、とかいうはず。
もらった朝顔の色は、青だった。
「そろそろ開くから、育てやすいと思うよ」
「ばあちゃん喜びます」
俺がビールを脇に抱えたまま不器用に鉢を受け取ったので、櫻田さんがくすくす笑った。
「ビール持ってきたんだ?」
「あ、何となく…暑いから…」
よく分からないことを口走った。差し入れですっていうのもなんか変だし。2本だし。
そうしたら、櫻田さんが助け船を出してくれた。
「もし俺の分も持ってきてくれたんなら、上がっていかない?つまみぐらい作るよ」
「……おじゃま、します」
俺は多分、話し相手が欲しかったんだと思う。
誘ってもらって、正直嬉しかった。ビールを持って行って良かった。
「これ、櫻田さん作ったんですか」
「簡単なものだけどね」
「めっちゃうまい…」
つまみとして出された佃煮を、飯のおかずぐらいの勢いで俺はがっついた。めちゃうまかった。
「腹減ってる?昼飯用に作ったカレーもあるけど…」
「食べます!」
母親が居ない間は、カップ麺でどうにかしようと思っていた俺は即答した。櫻田さんは嬉しそうに笑って、よしよし、と俺の頭を撫でた。
櫻田さんのカレーは、えらく旨かった。
二杯おかわりした。
若い子の食べっぷりは気持ちがいいね、といいながら櫻田さんはビールを飲んでいた。
「高校は、N高?」
「はい、来週から」
「こっちに友達とかいるの?」
「…いないっす。ずっと東京で…」
「…じゃあ、俺が最初の友達?」
櫻田さんは、不思議なことを言う人だった。友達って、この人結構年上だと思うんだけど。
「友達…?」
「おじさんの友達はいらないか~」
「いや…ってか、櫻田さん、いくつなんですか」
「25」
「…おじさんじゃないじゃないですか。櫻田さんこそ、高校生と喋ってて楽しいっすか」
「楽しいよ。よく食べて、よく飲んで、元気で」
「ばあちゃんと同じこと言ってる」
ふたりでげらげら笑って、ビールを飲んだ。持ってきた分はとっくに飲み干して、櫻田さんの出してくれたのも、あっと言う間に飲んだ。
未成年だよね、と呟いたのは聞こえたが、櫻田さんは本気で止めようとはしなかった。
田舎に越してきて、久しぶりに楽しいと思えた日だった。
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